中原中也の埋もれた名作詩を読み直す。その35/蝉
「蝉」は
「怠惰」を作って4日後の
1933年8月14日の制作。
未発表詩篇/草稿詩篇(1933年~1936年)にあります。
海や結婚の話題とは対照的に
墓場のある
故郷の水無河原が登場します。
■
蝉
蝉(せみ)が鳴いている、蝉が鳴いている
蝉が鳴いているほかになんにもない!
うつらうつらと僕はする
……風もある……
松林を透いて空が見える
うつらうつらと僕はする。
『いいや、そうじゃない、そうじゃない!』と彼が云(い)う
『ちがっているよ』と僕がいう
『いいや、いいや!』と彼が云う
「ちがっているよ』と僕が云う
と、目が覚める、と、彼はもうとっくに死んだ奴なんだ
それから彼の永眠している、墓場のことなぞ目に浮ぶ……
それは中国のとある田舎の、水無河原(みずなしがわら)という
雨の日のほか水のない
伝説付の川のほとり、
藪蔭(やぶかげ)の砂土帯の小さな墓場、
――そこにも蝉は鳴いているだろ
チラチラ夕陽も射しているだろ……
蝉が鳴いている、蝉が鳴いている
蝉が鳴いているほかなんにもない!
僕の怠惰(たいだ)? 僕は『怠惰』か?
僕は僕を何とも思わぬ!
蝉が鳴いている、蝉が鳴いている
蝉が鳴いているほかなんにもない!
(一九三三・八・一四)
■
蝉が鳴いているのは
「怠惰」と変わりませんが
第2連の僕と彼の会話は
死んだ弟のことで
1915年(大正4年)に死んだ弟・亜郎(次男)か
1931年(昭和7年)に死んだ弟・恰三(三男)か。
第3連の水無河原は
郷里山口の吉敷川(よしきがわ)のことで
「在りし日の歌」の「一つのメルヘン」の
舞台として有名です。
同じ第3連の最終行
チラチラ夕陽も射しているだろ……
――は、「一つのメルヘン」の
「それに陽は、さらさらと
さらさらと射しているのでありました」を連想させます。
□
蝉が鳴く遅い午後
うつらうつら
僕は
松林の向こうに空が透けて見えるところで
まどろみに入り
夢を見ます。
弟が出てきて
そうじゃないそうじゃない、と言うので
僕は、
違うよちがうよ、と応じます。
詩人は
はっとして目覚めて
夢と知り
墓場のことなどに
思いを馳せるのです。
□
あの水無川の河原のそばの
先祖代々の墓は
どうなっているだろう
あそこでも蝉は鳴いているだろう
チラチラと夕陽が射しているだろう
その思いをさえぎるかのように
蝉はいよいよかしましく鳴き
蝉の声以外は何にもない世界
蝉時雨(せみしぐれ)です。
□
僕は
そうして蝉の声の中で
僕の怠惰と向かい合います。
つまり
詩と向かい合うのですね。
□
怠惰か
怠惰か
随分と親しくしてきたよな!
怠惰よ
人は
詩を書いていることを
怠惰と言うけど
そうであるならば
怠惰でいるしかない
僕は
怠惰であるゆえに
詩を書くことができるのなら
僕を何とも思わない
思わないぞ
ああ
それにしても
蝉が鳴いている
蝉の声のほか何にもない――。
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