中原中也の埋もれた名作詩を読み直す。その27／秋の夜
「秋の夜」も
第１詩集のために清書された詩の一つで
未発表詩篇／草稿詩篇（1925―1928年）として
整理された中の最後の作品です。
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秋の夜
夜霧（よぎり）が深く
冬が来るとみえる。
森が黒く
空を恨（うら）む。
外燈の下（もと）に来かかれば
なにか生活めいた思いをさせられ、
暗闇にさしかかれば、
死んだ娘達の歌声を聞く。
夜霧が深く
冬が来るとみえる。
森が黒く
空を恨む。
深い草叢（くさむら）に虫が鳴いて、
深い草叢を霧が包む。
近くの原が疲れて眠り、
遠くの竝木（なみき）が疑深い。
■
第１詩集のために清書された詩篇13篇は、
夜寒の都会
春と恋人
屠殺所
冬の日
聖浄白眼
詩人の嘆き
処女詩集序
秋の夜
浮浪
深夜の思ひ
春
春の雨
夏の夜（暗い空）
――です。
これらは
「春」が「在りし日の歌」に発表されたのを除いて
すべてが未発表に終わりました。
「秋の夜」が
昭和３年（1928年）秋制作とされるのは
詩題に秋とあるからで
前年（昭和2年）の末から
音楽集団「スルヤ」との交流がはじまり
諸井三郎や内海誓一郎を知り
３月には
大岡昇平を小林秀雄を通じて知り
５月には阿部六郎を
９月には
安原喜弘を大岡昇平を通じて知ります。
小林秀雄は５月に
長谷川泰子と別れました。
９月に
豊多摩郡下高井戸（現東京都杉並区）に転居
ここで関口隆克、石田五郎と
共同生活をはじめました。
武蔵野の一角を占める
昭和初期のこのあたりは
現在では想像を超えた
田園風景が広がっていて
中原中也は
しばしばその自然をモチーフにして
詩を歌いました。
この自然こそが
中原中也独特の自然と言うべき自然で
自然主義の自然とは異なるものでした。
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この頃中也が書いた手紙の一つである
昭和３年の書簡28（新全集が付けた整理番号）は
１月（推定）に
河上徹太郎宛に書かれたものですが
その中に、
私は自然を扱いひます、けれども非常にアルティフィシェルにです。それで象徴は所を得ます。それで模写ではなく歌です。
――と記しているのは
中原中也の「象徴詩法」の
片鱗を知ることが出来て
貴重といえます。
この書簡は、河上邸の被災で現存しませんが、
河上が「文学界」昭和13年10月号に発表した
「中原中也の手紙」に引用したものを底本として、
新全集に収録されています。
「秋の夜」には
夜霧
冬
森
空
草叢
蟲
原
竝木
……
と自然が現れますが
これらは詩人が河上徹太郎宛の手紙で書いた
「アルティフィシェル」
つまり人工的・人為的なものです。
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詩人に備わった
感受性とか教養とか……
言語感覚とか言語装置とか……
思想とか歴史観とか宇宙観とか……といった
想像力のすべてを通過した自然です。
その自然は
もはや描写された自然とは別のものです。
それは歌というほかにないものと
詩人は主張します。
ここに詩人独特の作詩法はあり
錬歌術、錬詩術とも呼べる
言語技術の一端が見え隠れします。
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