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アイとムチ

  遠く地平線まで広がる綿花の大農園、その中にヨーロッパ風の大きな屋敷が建っている。
少し離れた場所には黒人奴隷たちの住む粗末な小屋がひしめくように建ち、近くの川では奴隷たちが朝の洗濯や水汲みに忙しい。

その小屋の前の広場で数十人の奴隷を前に演説している白人の男がいる。
名をアイという。
アイは屋敷の主であり、この大農園の経営者であり、奴隷商人でもある。
奴隷たちにとってアイは絶対的な権力者だ。
彼自身が法律であり、警察官であり、ときには神にもなる。

そのアイの一番好きな言葉は「愛」と「慈愛」だ。
だがこれは奴隷たちを操るための甘言に過ぎない。
「神を信じ、今が辛くとも愛をもち、慈愛の心を持てば来世はきっと良きものになる」

アイのすぐ前にいる老いた奴隷が言う。
「現世は悪いと白状したのか、そもそもお前自身に愛と慈愛があるのか、ありはすまい」
アイの顔色が変わった。

横の召使が持っていた鞭を手に取って老いた奴隷に示しながら怒鳴った。
「このおいぼれ、いつもオレの邪魔をしおって。次に余計なことを言うと鞭で仕置きしたあとに山の穴に閉じ込めるからな。年寄りだとて容赦はせんぞ」

老いた奴隷は顔をそむけた。
アイは薄笑いを浮かべ、鞭を召使に戻すと大きな身振りと手振りで奴隷たちに拍手を要求した。
パラパラと拍手が起きた。

これがアイの毎朝の日課である。
アイに愛も慈愛も無いことは奴隷たちも心得ている。
アイは緑の芝が一面に敷き詰めてある庭に入った。
庭の真ん中には丸い屋根のガゼボが建っている。

そのそばに若い黒人が一人立ってアイを見ている。
「ムチ、もう準備は出来たか」
「はい、アイ様」
ムチは元はアイの奴隷だったが、その後自由になり、いまは奴隷を移送する仕事をしている。

ムチも毎朝アイの演説を聞かされ続けてきた。
だがアイのくだらぬ演説にいつも反感を感じていた。
アイは怒れば鞭で黒人の女の背中を骨が見えるまでたたいて殺す男だ。
愛も慈愛も欠片ほども無い男だが、いまはアイに従順にしておかねば商売に差し支える。

ムチは10キロばかり離れた湖のそばに女房と二人で住んでいて、奴隷を移送する仕事があるとアイの屋敷にやってくる。
客はアイだけではなく、他の奴隷商人の仕事も請けているので忙しい。
今日も馬に曳かれた荷車を3台率いて奴隷を移送するためにやってきた。

アイはガゼボの椅子に座ってワインを飲み始めた。
それを立ったまま見ているムチにはもちろんワインも椅子も無い。
ムチは汗を拭きながらアイに言った。
「アイ様、足輪が一つ増えましたね」

足輪とは奴隷のことだ。
アイが「奴隷は足輪と言え」と命令しているのだからそうするしかない。
しかし素直に従うのは反抗の裏返しでもある。
アイは虎が吠えるような声で答えた。

「うん、女二十人と男三十人、合わせて五十人だったが、足輪が一つ二日前に手に入った」
「二日前に一つ、どこからですか」
「いきなり現れたのよ、どこからか逃げてきたようだが、詳しいことは言わんし、名前も言わん。丁度お前に移送を頼んでいたので一緒に売ることにした」

「それはまた」
「ああ、あいつの分は丸儲けだ。スカンの町まで全部で五十一人だ。荷車に無理してでも詰め込め。これ以上は金は出さんぞ」
ムチも稼がなきゃならない。

「はい、増やせば馬代も馭者(ぎょしゃ)代もかかりますから」
「金は少々の無理をせねば手には入らん。一人も逃がすなよ。逃がせばお前にその奴隷のぶんを払わせるからな」

「承知しております」
「それと奴隷といえども人にかわりはない。あまり無理して奴隷を泣かせるなよ。奴隷といえど人に変わりはない。奴隷にも愛と慈愛の心をもって接することじゃ。人を愛する心を忘れてはならんぞ」

アイの悪人顔からいきなり善人顔になる芸当は普通の者にはできない。
ムチはアイの心には二人の人間が住んでいると思っている。
「はい、アイ様の愛と慈愛の教えは深く心に刻んでおり、ひと時たりとも忘れたことはございません」

「奴隷だったお前を見込んで自由の身にして黒人市民としたのは間違いではなかったな」
「あの御恩は一生忘れません。おかげで女房ももらえ、腹には子もできました」

「わしへの恩を忘れるな、わしには愛を奴隷には慈愛じゃ」
「はい、心得ております」
とムチは言ったが奴隷商人でもあるアイが何の理由もなく奴隷を解き放つことはもちろんない。

3年前の春先のことだ。
西に向かうコンボイ(幌馬車隊)が川の上流を渡った。
ところが数台目の幌馬車が深みにはまり、白人の女の子が一人川に落ちた。
子どもが流されていくが、雪解けで流れが早い。

コンボイの男たちが川に入って追うが追いつけない。
そのとき川下へ回り込んで飛び込み女の子を助けたのがムチだった。
コンボイはみな白人だったが、リーダーはムチと握手しながら礼を言った。
ムチは生まれて初めて白人に握手され礼を言われた。

アイはもろに不愉快な顔をしたが、リーダーがムチを見ながらアイに言った。
『この奴隷を自由にしてやってくれ、金は払う』と言った。
するとアイの表情が一瞬で変わり、ムチは奴隷から自由の身になった。

だが生まれたときから奴隷であったムチには行くところが無い。
自由にしてくれたリーダーは一緒に来るかと言ってくれたが、みな白人で黒人はムチだけだ。
コンボイにも黒人を毛嫌いする者はいる。

コンボイが目指す西海岸までまだはるかに遠い。
自分が原因で内部対立が起きては大変なことになりかねず、丁重に断った。
ならこの先どうするか、そこでムチは奴隷を移送する商売を始めたのである。

そのための金はアイが出した。
もちろん打算の上でであり、儲けの中からアイに決まった金を払っている。
なのでアイとの関係はやはり主従のままだ。
でもいつかきっと本当の自由になれるとムチは思っている。

「では行き帰り十日あまりかかりますので、これから出発します」
「うん、これが奴隷五十一人とお前の運び賃を含んだ請求書だ」
請求書を相手に渡せば、現地の銀行から電信でこっちの銀行のアイの口座に金が振り込まれることになっている。

その入金があればアイがムチに運賃を支払うという流れだ。
運んでいく奴隷を無事に相手に引き渡し、電信での送金を確認するまでがムチの仕事だ。
アイはしつこく言う。

「具合の悪くなった者にはこの薬を飲ませろ」
しばらく前からその薬を預かるようになった。
飲み過ぎると元気が出るとアイはいうが、腰が痛いという奴隷に飲ませたことがあるが錯乱状態になった。

アヘンに似たものらしく、アイ自身が飲んでいるのも見かけることがある。
「とにかく相手が奴隷を受け取って電信で金を送るまで奴隷は元気なように見せておけ」
「承知しております」

 そこへ荷車の馭者が顔色を変えてやってきた。
ムチとアイが同時に尋ねた。
「どうした」
「奴隷の中に一人、咳をし高熱があり、吐いてぐったりとしている男がいます」

二人が駆けつけると、二日前にいきなり現れたあの男だ。
かなり苦しそうにうめいている。
アイはチッと舌打ちして言った。
「こいつ、病持ちだったのか。出る前になって、クソッどうしたもんか」

ムチは何か不安を感じた。
「この状態では相手は受け取りません」
「ああ、そうよな」
「医者に見せたほうが」

「医者なんか呼べるか、金はかかるしの、オイッ顔を上げろ」
若い男はなおも苦しそうにうめいている。
「アイ様、この薬はどうでしょ」
ムチが預かった薬を見せた。

「それは高価なものだ。こんな男に使えるもんか」
「ではとりあえず下ろします」
「よし、新しいのを一人探すから、こいつは下ろせ」
ウウウッ~と唸りながら男はまた吐きそうになった。

「我慢しろ、吐くなら荷車の外に吐け」
ムチたちは急いで足輪を外し、従者とともにその男を地面に寝かせた。
「オイ、奴隷番に言って元気そうな男を一人連れてこい」
召使が農園に走っていった。

働いている中から一人連れてくるのだろう。
ムチは地面に寝ている男の様子を見ながら思っている。
(咳が激しく熱もある。普通ではなさそうだ)
すると男は寝転んだままで便まで漏らした。

見ると血便だ。
アイの顔色が変わった。
「こいつ、山へ連れていって穴へ入れておけ」
穴とは丘のような低い山のすそにあって人が何とか通れるほどの穴のことである。

奥は深く、病人やケガをした奴隷はここへ入れられる。
死んだときは穴から出されて近くに埋められるのだ。
辺りには白骨化した者や、まだ一部が残っている新しい死体もある。
さりとて誰も問題にはしない。

男の息が荒くなってきた。
アイは、側近であり奴隷たちの見張役でもある召使のコロシを呼んだ。
コロシがやってきた。
背の高い黒人の若者だが、アイのお気に入りだ。

「オイ、コロシ、こいつを穴に連れていけ」
「承知致しました旦那様」
「ちょっとこっちへ来い」
アイはコロシを少し離れたところへ連れていき何やら話している。

そのときムチは見た。
アイが召使に持たせていたモノをコロシに渡した。
「拳銃・・・」
アイは万一に備えて召使にいつも拳銃を持たせている。

アイはこの男をコロシに殺させる気なのだ。
だがムチには何も言えないし、また言える立場でもない。
言えばムチが撃たれかねない。
コロシは拳銃を腰の後ろに差し、召使二人に男を抱えさせ、岩だらけの山のほうへ消えた。

アイは頬をさすりながら誰に言うともなく言った。
「あいつも神の愛と慈愛があれば助かるであろう。いやきっと助かるに違いない。あいつがここに来たのも神のお導きだ。本人に生きる気さえあればきっと助かる」

殺す気のくせに、とムチは思った。
周りにいる奴隷たちもアイがコロシに拳銃を渡すのを見ている。
だが誰も何も言わない。
ムチは荷車の馭者台に乗りアイに言った。
「ではこれより行ってまいります」

「ああ、奴隷どもを向こうへ渡してしまえばこっちのもんじゃ、それまでは愛と慈愛の心を忘れるな、よいな」
「はい、神への感謝の念も忘れません」
「その気持ち、忘れるな」

ムチは馭者に合図した。
馭者がピシッと馬に軽く鞭を入れると馬が動きギギッと荷車が動き始めた。
3台の荷車に奴隷をぎゅうぎゅう詰めにした一行はそれぞれ馬に曳かれて屋敷を出ていった。

振り返るとアイの姿は消えていた。
ムチは馭者の横に座って荷車の揺れを感じている。
無事に終わってアイの屋敷に戻れば金が入る、そうすれば女房にも腹の子どもにも食わせられる。

空を見上げた。
どこまでも青い。
ムチは何となく振り返って山のほうを見た。
「あの男・・」

と思ったそのときだ。
「バーン」と山から拳銃の音が聞えた。
ややおいて、また「バーン」と拳銃の音が聞えた。
二発撃ったようだ。

横の馭者ももちろん黒人奴隷でいまはムチが雇っている。
彼も拳銃の音が何を意味しているか知っている。
ムチも馭者も黙って進んでいる。
荷車は奴隷でいっぱいだが、誰も拳銃の音には反応しない。

みなが拳銃の音の意味を知っている。
ムチはあの男のことを考えていた。
拳銃に撃たれた最後ではなく、あの男が苦しんでいた様子にである。
「咳と高熱、吐いて血便まで・・・」

ムチが小さいとき、どこかで似たような光景を見た記憶がある。
「あのとき周りの大人たちは悪魔が来たような大騒ぎをしていたっけな」
荷車はガラガラゴロゴロと進んでいく。
土煙がもうもうと立っている。

古びた帽子をかぶり口とあごを布で覆っていても小さな砂のホコリが目に入ってくる。
ムチはあの男のために珍しく泣いているのか、目のゴミのせいなのか。
一歩間違えればムチもあの男の二の舞だ。

一方屋敷ではアイも奴隷たちも拳銃の音を聞いた。
もちろんアイがその音に感じていることはムチとは真逆だ。
「これですんだ。しかしあの男、ここへ何しに来たのか、まるで死にに来たようだな」

しばらくするとコロシと召使二人が山から戻ってきた。
「ご苦労だった」
「はい、二発撃ち込みました」
「よし、よくやった」

コロシは拳銃をアイに返した。
アイはそれをそばの召使に渡した。
事は終わった。
あとは電信が入るのを待つだけだ、とアイは思っている。

 四日後、ムチは奴隷市場にいる。
白人の奴隷商人が言う。
「ようし、五十人、確かに受け取った。ムチよこれから電信を打つで銀行に一緒に来い」
「はい」

銀行の電信室。
レイという名の白人の老人が電信係だ。
ムチにはいつも親切にしてくれるが、今日はムチをチラッと見てすぐに紙に目を落とした。

いつもはムチを見ると「オウッ」と笑いながら声をかけてくれるが今日は違った。
「こんにちわ」
とムチはレイに声をかけたが、手を上げただけで黙って紙を見ている。

一緒にきた奴隷商人がレイに声をかけた。
「レイ、電信打ってくれ」
レイは手で奴隷商人を制し、必死で紙を見ている。
紙には受信した電信の内容が書かれている。

ムチと奴隷商人は顔を見合わせた。
レイの手が震えている。
「どうしたよ、手が震えているじゃないか」
レイは顔を上げると銀行の幹部を呼んだ。

「何だよ、どうした」
「ちょっと待て、先にこっちだ」
頭取と幹部がやってきた。
「どうした」

「これを」
とレイは紙を見せながらその電信の内容を説明している。
みな顔色が変わり、深刻な表情になった。
頭取が奴隷商人とムチを見ながら幹部に何かささやいた。

幹部がムチに言った。
「キミがアイ様の綿花農場から奴隷を運んで」
「そうです、アイ様に頼まれたものですが、何か」
レイは「町長に知らせてくる」と言い残して部屋を飛び出ていった。

ムチと奴隷商人にはわけがわからない。
だがひょっとしたらとムチは思っている。
(オレの予想が当たったか)
幹部がムチと商人に言った。

「あのレイ様の屋敷にペストが出ました」
奴隷商人はおどろきムチを見た。
あの屋敷から来たからだ。
ムチは覚悟を決めたが、予想していたことであわててはいない。

幹部が言う。
「蔓延し始めているかどうかまだわかりませんが、あなたがたとそのお仲間、そして連れてこられた奴隷五十人、町から外れた場所で二週間程度囲われ毎日医師の診断を受けることになります。詳しくは町からすぐに連絡があるでしょう。ここからもすぐに出てください」

町は大騒ぎになった。
ムチたちは町から外れた森の一画に見張付きで閉じ込められた。
「少なくとも二週間は出せない」
と保安官助手はムチたちに言った。

ムチは家族のことが気になるが幸運にも家族の住み家はあの屋敷から10キロは離れた湖のそばだ。
ムチが自由になったとき、アイは近くに住まわれることを嫌って遠くの湖のそばまでムチを追い払ったことが今では逆に幸いしている。

だがペストがどこまで広がっているのかは誰にもまだわからない。
ムチはじりじりとしながらも無理して脱走すれば射殺されても文句は言えない。
「もうじっとしているしかない」
と覚悟を決めている。

 囲いを解かれたのはそれからちょうど二週間後だった。
囲われた者からは咳をする者もおらず、ペストの症状は出なかった。
聞くと町からも患者は出なかった。
ムチは奴隷商人とともに電信室があるあの銀行に行った。

レイがムチを見ると喜んだ。
「オウッ良かったな無事で」
「はい、助かりました。それで」
「ああ、あのアイの屋敷のことは聞いた、話してやるよ」

「はい、それと家が湖の・・」
「そうだったな、喜べ、キミの家がある湖一帯は大丈夫だ」
「ああ、良かった、じゃ女房も」
「ああ、あの辺りで死人も患者も出ていない。それどころか」

「何ですか」
「おかしなことだがな、今度のペストはな、アイの屋敷で収まった。ペストによる死人もアイとそこの奴隷だったらしい黒人の男だけよ」
「死人は二人だけ」

「そう、他には咳をする者もペストにかかった者もいない。オレが保安官から聞いた話しを聞かせてやる。面白いぞォ」
アイを嫌っていたレイは楽しそうだ。
黒人に嫌われる者は白人にも嫌われるらしい。

「で、その奴隷男とは」
「山の穴で撃たれたと思われていた男だったという、知っておろう」
「ああ、あの男、でも穴で撃たれたのでは」
「そうよ、だがなコロシとかいう奴隷は拳銃を空に向かって撃ち、その男は殺していなかった」

ムチは人間という生き物を改めて見直した気がした。
「それで」
「コロシはあの男がペストにかかっていたことを感づいたらしい。そしてペスト男を夜になって密かに屋敷に入れたのよ」
「コロシたちがあのペスト男を屋敷に」

「ペスト男をなぜ屋敷に・・わかるよな」
「ハアア・・」
「そしてそのペスト男を階段下の陰に隠した。そしてペスト男は朝になってアイが現れるのを待っていたという」

「あの階段、アイ様がキングのように振る舞う場所でしたが、そこに」
「そうよな、舞台は出来ていたわけだ。朝になるとアイが階段を下りてきて数歩歩いたところでペスト男がフラフラしながらアイの後ろに立って咳をした」

「どうなりました」
「アイが振り返るとペスト男が立って咳をしている。びっくりしたアイは『生きてたのか、貴様』と叫んだそうだが、その瞬間にペスト男はアイに抱きついた」

「抱きついた、それで」
「アイに思いっきり深い深いキスをしたそうじゃ」
「 ハア、キスを」
「それもな、見ていた食事係りの奴隷女が言うには、ペスト男は思いっきり舌をアイの口の中に突きこんで大きな咳までしたらしい」

「へええ」
「アイは目を皿のように丸くして必死でもがいていたが奴隷たちは誰も助けないどころか、それを見ていたそうじゃ。そしてペスト男は最後にとてつもない大きな咳をアイの顔に吐きかけると、アイを抱いたまま倒れた」

「それで」
「アイはすぐにバスタブで口も身体も洗ったが効き目は無かったのだろう」
「そうですね、ペストなら」
「二日後にはアイが咳をし始めた。それを知るとコロシを先頭にして総ての奴隷たちが屋敷から逃げたそうだ」

ムチには思いもしなかったことになっていた。
「町の者がそれを知ったのは二日後でな、すぐに医師や保安官たちが駆けつけると、アイはどうなっていたと思う」
「わかりません」

「ガゼボの中で椅子に座り鞭を手にしたままどす黒くなって死んでいたらしい。それも苦しさのあまりか、気が狂うたのか、周りにアヘンをばらまいて便だらけの下着一枚だったらしい。まあ言うちゃなんだが、あいつには相応しい最後よ」

「そうでしたか・・」
「キミの家族も逃げた奴隷たちもみな大丈夫だ。この町にも患者は出ていない。結局アイとペスト男だけが死んだ。奇妙なことだがな・・ほんとに奇妙だ」

レイはひと呼吸おくとムチに尋ねた。
「あのペスト男は突然農園に現れたらしいな、歳も名前もわからないまま」
「そうです」
「それもまた奇妙だな・・・ そうそう、アイの死骸だがな、ペスト男と一緒にすぐに焼かれたが油をまいたように気持ちがいいくらいよ~く燃えたそうだ」
レイは笑いをこらえているようだ。

「それで屋敷は」
「井戸は総て埋められ、屋敷もガゼボも奴隷小屋も総て焼かれたよ。屋敷の面影はもうどこにも無く、みな消えた。残ったのは地平まで広がる綿花畑だけよ」

ムチは思った。
「仕事を探さなきゃ、客が一人減ってしまった」


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