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-------- 婆ちゃんと銀太郎 --------  --------- 第2話 弁財天 -------- ------- Short Story --------

9月も20日を過ぎたのに、まだ暑い。
突然の雨。
「『狐の嫁入り』だよ」と婆ちゃんが言った。
狐の嫁入りは人間に見られるとマズイらしく、雨を降らせて人間には見えないようにしているという。

まさに干天の慈雨だったが、降りやむと前より熱くなった。
銀太郎のいる屋敷も猛暑の中だ。
広間は障子や襖を開けっぱなしにしても風さえ入ってこない。
そんな中で婆ちゃんと銀太郎はゴロゴロしている。

昼寝したいのだが、暑くて寝付けない。
婆ちゃんがポツンとつぶやいた。
「銀太郎よ、暑苦しいで横にくっつくな。少し離れろや」
婆ちゃんに言われると銀太郎はゴロンと横へ転がった。

「面倒くさそうにするな。しかしあと十日で10月か、涼しいとええがな・・そうや、今日はだーれもこんはずやし、まだ陽は高いけど酒でも飲むか、銀太郎、お前も飲め」
婆ちゃんは面白半分に銀太郎を足で押しのけながら立ち上がり台所にいった。

少しすると盆いっぱいに氷や日本酒、酒の肴やコップや皿を持ってきた。
銀太郎は大あくびをしながら目を開けた。
酒の匂いがする。
銀太郎もこの家で酒を覚えた。

なので婆ちゃんが飲むときは必ずお相伴をする癖がついた。
ただ、酒も生地のまんまでは強いので夏場は氷水で割って飲む。
猫のくせに日本酒をロックでだ。
この一人と一匹の関係は人間の浅い見識では理解不能だ。

婆ちゃんは酒を飲み銀太郎は皿の底に残った酒をなめている。
「アンタ、本当に旨そうになめるなァ、見ててこっちまで気分がええ」
銀太郎も婆ちゃんを見ながら嬉しそうだ。
家にはエアコンもほぼ各部屋にあるが、婆ちゃんは中々スイッチを押さない。

夏は暑いのが当たり前、というのが婆ちゃんの姿勢だ。
それに庭を通って吹き抜ける自然の風が大好きなのだ。
もっともたまに来客があるとエアコンを入れる。
気持ちがいいが、そのかわりに外に出たときやエアコンを動かしていない部屋は地獄だ。

なので婆ちゃんは暑いときは暑いように自然体で生きている。
酔いが回ったのか、銀太郎は目が少しうつろになっている。
婆ちゃんのそばでドサッと横になり身体を回して仰向けになった。
銀太郎は大の字になり薄目を開けて天井を見ている。

風が広間を抜ける。
「おお、やっぱり風が吹くと生き返るようじゃ」
婆ちゃんは酔いもあってウトウトとし始めるとゴロっと横になった。
銀太郎もうつらうつらしている。

すると庭にフワ~と何か白い霧のようなものが漂い始めているのが銀太郎には見えた。
「霧、こんな街中でこんな時間に、まさか」
だが霧のようなものは静かに縁側を越えて広間に入ってきた。
「ええ、何だこりゃ」
霧はどんどんと広間を埋めていく。

やがて外の庭も隣の屋根もみな見えなくなったが、陽射しだけは薄くてもある。
「霧なんだろうな、匂いも無いし色も無い。しかし部屋に入ってくるとは」
婆ちゃんと銀太郎の周りにも霧が薄くかかっている。

すると霧がスーッと冷たくなった。
「いや、これは気持ちがええ」
婆ちゃんは熟睡しているようだ。
じっと耳を傾けてみるとかすかに「クー クー」とイビキをかいている。

銀太郎もまぶたが重たくなってきた。
目が、まぶたが閉じていく・・・と銀太郎が寝かかるとスッと辺りが寒くなった。
「おお、なんだ 寒くなってきた。婆ちゃん起こさなきゃ風邪ひくわい」

「婆ちゃん、婆ちゃん、起きてよ 起きて」
銀太郎は面倒くさいのか、足を伸ばして婆ちゃんの尻をつついている。
「ツンツン、つんつん、婆ちゃん、ばあ、ちゃん、おきて」
見ると霧は渦を巻き始めている。

「何だこりゃ」
すると渦の真ん中に顔が現れた。
人の顔、それも女の顔だ。
女は銀太郎を見ながら笑っている。

恐ろしいような顔ではなく、あの頃の美人はこんな顔だったのだろうと思わされる浮世絵に出てくるような顔だ。
もっとも誰の顔かはわからない。
顔は婆ちゃんを見ている。

「婆ちゃん、婆ちゃん、起きて、起きて、天井に、あの」
婆ちゃんはウウッと唸りながら起きた。
「どうしたんじゃ、人がせっかくいい気分で寝ていたのに。オオッこれは何じゃ霧か」

「婆ちゃん、天井見て、あの顔、顔」
「おっと、顔が浮かんどる。誰じゃお前は」
「お久しぶりィ~ 元気にしてたァ」
「その声は、ひょっとしたらひょっとして」

「へへへ、そのひょっとしたらよ」
「今度の顔はそりゃ誰だい。浮世絵の美人画ぽいが」
「へへへ、当りィ」
「今回は何の用だい」

「ちょっとね」
銀太郎が婆ちゃんに尋ねた。
「この人知り合いなんですか」
「そうよ、古い知り合いよ」

「顔が変わってんですか、整形ですか」
「整形なんかいらん。顔はなんぼでも変えられるでの」
「この前はどんな顔だったんですか」
「この前会ったときは江戸の豪商越前下田屋の娘の顔だと言っておった」

「越前下田屋の娘って、どんな顔なんですか」」
「こいつがそう言ってるだけさね」
「はあ」
銀太郎は顔に尋ねた。

「今日は浮世絵の美人風の顔なんですか。でもあなたにも元々の顔があるんでしょ」
「わたしの顔? そんなもん無いわよ。わたしは人間の心の中にいるだけ。顔は要らないのよ」

婆ちゃんが言った。
「ま、どっちにしても久しぶりだ。下りておいで、酒もあるし」
また銀太郎が尋ねた。
「でも名前はあるんでしょ」

顔が言った。
「わたしは弁財天、つまり弁天よ」
「弁天、あのいつも琵琶を持っている。天界一の美人といわれる、あの弁天」
「あんた猫のくせに女が喜ぶようなことを言うのね」
「いや、そんなことはないですけど」

銀太郎は弁天なら知っている。
この家の床の間に掛け軸が下がっているが、その絵は七福神で弁天はその中にも描かれている。
この絵でもものすごい美人に描かれている。

「弁天て知ってるでしょ。インドのヒンズー(教)由来の神さまで、現地ではサラスバティ―と言い、川の女神であり、川から転じて流れるものの総ての神であり、言葉、弁論、芸術、音楽の神でもあるのよ」
「万能なんですね、スゴイな」
「それ、皮肉?」

「いえ、違います。でもそんな人がなんでここに」
「わたしは天部の女神であって人ではないの」
「すみません、なんで神様がここに」
「幕末にも一度来ている。お前はいなかった。いつここに」

「40年くらい前に・・」
「アンタ講釈はええから下りておいで。こいつは銀太郎という」
「お前、銀太郎というのか」
「はい」

「オスだよね」
「オスですが、いけませんか」
「いけんことはないが、これから身体を現す。心構えはよいな、不潔なことを考えると天罰がくだるぞ」
弁天の言葉が急に変わった。

「不潔!、わたしは猫です。メス猫ならともかく人もどきのメスに興味はありません」
「そうかのォ・・・」
と弁天は言いながら霧の中からまず足が出てきた。

足は細くそして白い、かすかに血管が浮かんでいる。
銀太郎は思った。
「こんなにきれいな足は見たことがない」
銀太郎はあとはもう絶句するだけだ。

次は腰が見えてきた。
わざとなのか、弁天は身体をゆっくりと少しづつ現わしている。
婆ちゃんは銀太郎を見ながら言った。
「銀太郎、ほれ酒をついだぞ、大丈夫かお前、目がおかしいぞ」

銀太郎はついなのか、左右の前足で皿を持って酒を飲みながら弁天を見ている。
「お前、そんな飲み方もできるのか」
だが銀太郎は弁天の身体に釘付けで婆ちゃんの言葉が耳に入らない。
弁天も銀太郎をからかいながら姿を現している。

婆ちゃんはとうとう笑い出して言った。
「銀太郎もやっぱりオスじゃの、人間も猫も変わりはないわい」
弁天の腰が現われた。
肉付きのいい尻は大きくピンと張り、くびれるところはくびれ、それを明るいピンクの薄衣でおおっている。

股間に陰が出来ているのは、どうやら下着をつけていないらしい。
それを見ている銀太郎の目がだらしなく緩み始めた。
猫のくせに笑っているのか喜んでいるのか明らかにいつもと違う。
次は腹から胸が現われた。

腹はきれいで胸はふくよかで膨らむところは形よく膨らんでいる。
腕も見えてきた。
細い細い指がそれぞれが絶えず小さく動いている。
まるで指の一本一本に命があるようだ。

そして首が現われた。
「細い首じゃな、触ったら折れそうじゃ」
銀太郎はもう天にも昇るような気分になっている。
ついに頭も現われた。

髪は蜘蛛の糸のように細く柔らかく真っ黒で腰まで垂れている。
顔はそのままだが、肌は透き通るようなピンクに近い白で、眼は青みがかった瞳をしている。
上衣は薄く天女の羽衣のように身体が透けて見えるのだが、よく見ると顔以外の全身に刺青のような模様があることに気づいた。

銀太郎はおどろき、酔いが一気に醒めた。
「それ、全身刺青ですか・・」
「そうじゃ、顔以外は全身が刺青よ。脇の下にも胸の谷間にも足の裏にも入れてあるぞえ」

と言うや弁天はさっと銀太郎を抱えた。
銀太郎はあわてて「アッ」と声を上げた。
「ははは、おどろいたかえ、わたしも猫は好きじゃ。お前、見た目ほど重くはないの」

銀太郎は抱かれながら弁天の血の暖かさを感じている。
そして胸からは言葉では表せぬほどの匂いが上がってくる。
その匂いに銀太郎はとうとう頭がくらくらしてきた。
「これ、刺青をよおく見てみよ」

銀太郎は必死で首や胸や肩の刺青を見た。
確かに刺青だ。
それも人間のように青か赤だけではなく、まさにあらゆる色が刺してある。
絵も森羅万象あらゆるものの絵が入れてあるようだ。

小さく大きくまた小さく描かれ、小さな絵は目を近づけてみるともっと小さな絵が入っている。
なおもじっとそれを見るともっと小さな絵がありその中にもまだ小さな絵が永遠に続いているようだ。

「わたしの肌の刺青は宇宙よ、永遠に続く宇宙が彫ってある。どうじゃ良かろうが」
その全身の刺青を薄くかすかにピンク色をした薄衣がおおっている。
腰の陰は刺青におおわれてよく見えないが、やはり薄衣の下には何もつけていないようだ。

足が少し短めなのは、やはり弁天も日本人女性なんだろうな、と思っている。
銀太郎はオスの猫に戻り、発情しそうになった。
弁天はそれに気づいた。

「お前さ、目つきがおかしいよ、猫だろ、猫らしくしな」
と言われたが、猫らしくして発情したのだから仕方がない。
風なのか、サァ~と薄衣が動くと弁天のえもいわれぬほどの匂いがまた流れてきた。

銀太郎はとうとう頭がボーとしたあげく弁天の腕の中で気を失った、ようだ。
「おやまあ、気を失ったかな」
「銀太郎はな、おそらくだがな、童貞かもな」
「いやだぁ、こいつ幾つになるのよ」

「うちに来る前、関ヶ原の戦で捕まった石田三成の首を見たことがあると言ってたからの、400年以上は確かじゃ」
「ふうん、でも童貞じゃないでしょうよ、これは」
「そうかあ、うちに来てからでも野良のメスとつるんでいたこともなかったし、発情期のメスが近寄っても知らん顔をしてたしな」

「たまにいるのよね、メスに興味のないオスが。その前というか前世でメスをひどい目に合わせているか、それともメスと付き合い過ぎてうんざりしてるのか、どっちかよ。適当なメスを見つけてやろうかな。顔もまあまあだし、性格も悪くはなさそうだし」

「ああ、暇だったらしてやっておくれよ、猫の二匹くらい飼うのは造作もないし」
弁天は銀太郎をそっと座布団の上に置いた。
自然とまた大の字になって今度はイビキをかいている。
「気を失いながら、寝てやがら」と婆ちゃんが言った。

弁天が言う。
「銀太郎はどんな夢を見ているのかねェ、ニヤニヤにやにや笑ってるよ」
婆ちゃんも銀太郎をのぞきこんだ。
「いや、いままで見たことも無いような幸せそうな顔をしておるわい。どんな夢を見ておるんかの」

二人は銀太郎を見ながら大笑いした。
弁天は銀太郎をそのまま静かに寝かせながら婆ちゃんと酒を飲み始めた。
「ふうん、前のときと酒の好みが変わったのね。こっちのほうが美味いわね。いいな、これ、わたしも好き」

霧はいつの間にか消え、少し涼めの爽やかな風が屋敷を回っていた。
すると銀太郎が何か唸っている。
婆ちゃんが言った。
「まあアンタ見てごらんよ」

「あ~らホント、イヤだァ、こいつゥやっぱりオスはオスだよ」
弁天は笑いながら大の字で寝ている銀太郎の股間を指差した。
婆ちゃんが言った。
「わたしの小指くらいのもんが天井を向いて立っているじゃないか。こいつゥ、わたしにはこんなもん見せたこともないのに」

すると銀太郎が笑った。
「エッ、笑ったわよ」
「うん、確かに笑ってる。あんたこいつに何かした?」
「いやだァ、何もしないわよ」

二人はしばし銀太郎を見ていた。
「平和だねえ」
と言ったのは弁天だ。
婆ちゃんが尋ねた。
「ところでさ、アンタ今日は何しに来たの」

「実はさ・・」
二人は酒を飲みながら何か話し始めた。
銀太郎は相変わらず婆ちゃんの小指を立てながら笑っていた。
しばらくすると銀太郎が起きた。

顔にどこか締まりがない。
「やっと起きたかい、若旦那」
「若旦那、わたしのことですか」
「そうだよ、他にいないでしょ」

「やめてくださいよ、若旦那は」
「銀太郎、晩ご飯そこに置いてあるから」
「お腹が減っただろ」
「はい」

弁天が言う。
「一生懸命だったもんね」
「何がですか」
二人は大笑いしながらまた話し始めた。
銀太郎も何かわからないままニコニコして飯を食べ始めた。
何であれ、誰であれ、食い物に困らないのが一番幸せだ。

夜も暑いが、以前とは少し違ってきている。
銀太郎が寝ている縁側で婆ちゃんと弁天が並んで月を見ていた。

 あくる日の朝早く。
空が赤く染まり始めたころ、町内にも近くにもいないはずの鶏が鳴いた。
「コケッコー・・コケー」
じきに庭に男の姿が現われた。

二人と一匹は広間で雑魚寝している。
婆ちゃんが気づくと銀太郎も気づいた。
「誰かいる。誰だろうこんな時間に、銀太郎見ておいで」
銀太郎が庭を走った。

銀太郎は見た途端にわかった。
普通の人間の男ではなく、銀太郎たちと同じ世界の住人だ。
「あの、どちら様でしょう」
「ここ、弁天様が来てるよね」

「はい、おいでになってますが」
「ボク、弁天様の連れの者です」
すると弁天が起きて出てきた。
「アンタ、来るのは明後日でしょ。どうしたの、おまけにこんなに朝早く」

「いやあ、三日ほどサーフィンに行く予定だったんですが、仲間の事情で行けなくなったもんですから」
「それでここへ今朝きたわけか、相変わらずだねえアンタ」
「家に帰っても女房の手伝いさせられるだけですし」

「まあいいや、来たもんを帰すわけにもいかないし。広間にお入り」
「この方はお連れさんだと言ってましたが」
「ううん、まあね」
弁天は言葉を濁した。

何か事情がありそうだと銀太郎は思った。
弁天はしゃがんで銀太郎の耳にささやくように言った。
「人はさ、見た目で判断しちゃダメだよ。たとえわたしたちの世界の住人でもね。ああ、この人なら、と思ってあとで幻滅させられた者は多いから」

「あの人、そんな人なんですか」
「へへへへーまあ自分でよく見てごらん」
弁天はそう言いながら銀太郎の頭をなでた。
広間へ行くと男は縁側に座って婆ちゃんと笑いながら話している。

「まあ、早速話してるわ。人をたらし込むのがうまいこと」
婆ちゃんが言った。
「いや、この人、気に入った。この世界もやっぱり見た目が大事だよね。この人、爽やかで若いし。でもさ何を言ってるのかはわからないけどさ」

「アンタまだ名前も言ってないの」
「はい、弁天様にご紹介していただこうかと思いまして」
「礼儀も知っているじゃない、弁天よ、紹介しておくれ」
男はニコニコ笑ったままだ。

銀太郎は思った。
「何だか調子のいい奴、悪人じゃなさそうだが、善人ほど悪い奴はいない、て言うしな。じっくりと見てやろう」
弁天が男の紹介を始めた。

「彼は珍治郎、当年43歳の童子です」
婆ちゃんが言った。
「珍治郎、珍しい名前ね、でも43には見えないわ。せいぜい30代後半かな」
「ありがとうございます。30年後には幾つになるのか、それを想像しただけでワクワクします」

弁天と婆ちゃんは頭を傾げて、何か考え込んだ。
銀太郎も考えた。
(いま43だよな、30年経つと当然ながら73だよな・・あいついま何てったけ)

弁天は続ける。
「珍治郎は女房もいるのよ。名前は栗捨瑠ていう童女なの。子供ももういるのよ」
「あれまあ、そうかい、まあ43なら女房子どもがいても不思議はないよね」

「できちゃった婚なのよね」
珍治郎が言った。
「ボクが・・・襲ったわけでもないんですよね」
「でも普通はそうでしょ」

「何ていうのかな、栗捨瑠にも打算があったようにも思えるし」
話しが変なほうに流れ始めたので婆ちゃんが割って入った。
「この猫もわたしたちと同じ世界の同族だからよろしくね」
「この猫、セクシーですね」

「銀太郎ていうのだけど可愛くてね、でもセクシーかねえ」
「犬は飼い主につくけど猫は家につく、て言いますからね、薄情ですからね猫は」
銀太郎は日ごろになく真面目な顔になった。
「・・・・それ、どういう意味ですか」

「特に意味はないよ。そういう言葉があったな、と思い出しただけ。この猫、かなり歳くってそうですけど、幾つですか」
いちいち癇に障ることを言う43歳だと銀太郎は思った。

「うちにきておよそ40年、その前はいつどこで生まれたのかわからないわよ」
「40年ですか、ボクはいま43歳?ですけど、40年後のボクは何歳かなァとときどき思うんです」

(さっきもそんなこと言ってたけ)
婆ちゃんはこの珍治郎と話しが嚙み合わないことに気づいた。
(爽やかさと賢さは関係ないんだ。見本が前にいるわ)
銀太郎も同じだ。
(会話が続かない。どこか変だよな、こいつ、弁天様が言ってたのはこのことか)

婆ちゃんは弁天に尋ねた。
「アンタさあ、最近の若いのはみんなこういう感じなの?」
「ボクが気に入っていただけましたか」
「ああ、ええ、まあァ」
(そういう問題じゃないでしょが)

銀太郎は三人の話しを聞いている。
(珍治郎はおかしな奴だ。若くて爽やかそうだが、話しが通じないし、弁天についてきて何をしてんだろうな、こいつ)
しかし珍治郎はニコニコしながら突然黙ってしまった。

やはり会話が続かないらしい。
人間が言う「論理的思考」が苦手らしい。
銀太郎は思った。
「考えるのが苦手なんだ。バカじゃないけど利口でもない。あの爽やかさも中身が無いせいだろう」

するといつの間にか珍治郎は弁天の横に座っていた。
銀太郎は産まれて初めて『不愉快な気分』というものを知った。
(なんだ、こいつ)
見ると珍治郎はいつの間にか弁天の手を握っていた。

弁天が手を払うと珍治郎もまた握る。
弁天が声を荒げた。
「アンタもう布団敷いて寝なさい」
珍治郎が応えた。
「布団は一枚でいいですよね」

ーーー続くーーー


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