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いいじゃないの幸せならば

 クークルッ、クークルッ。
わたしは鳩、メス、歳は・・わかりません。
日がな一日、餌を探しながら人間様の行動を見ては暇つぶしをしています。
最近は動物愛護とやらで鳩も大事にされている、らしい。

11月には徐行しなかったとして鳩を轢いたタクシー運転手が鳥獣保護法違反で捕まり、実名報道までされました。
絶対に轢かれない、と鳩は人間を甘く見ていたに違いありません。

わたしたち鳩のせいで交通渋滞や事故まで起き、そんな鳩を轢いたタクシードライバーも気の毒だと思います。外国人の犯罪者には異常なほど気をつかい容疑者の名前も国籍も絶対に出さない新聞やテレビというマスコミも異常で不健全だと思いますし。

動物愛護?何でしょいまさら。
人間は牛も馬も豚も鶏も食うし、最近ではジビエなんて言いながら猪や鹿、野兎、蛇まで食い始めました。

鳩を大事にと『詭弁を弄する』のも、結局は『食うところがない』からでしょう。
何が鳥獣保護法違反でしょ。
鳩は『食えないから、ほったらかしているだけ』じゃありませんか。
動物愛護という言葉には人間の偽善しか感じません。
人間てのは好きですからね、こういう「偽善」が。

烏なんか鳩をこう言ってます。
『オレたちカラスは動物の死骸を食って社会の清潔と感染病の撲滅に貢献している。しかし鳩はどんな貢献をしているんだ。カワイイ?何がカワイイもんか。あっちこっに巣食って糞を撒き散らかして道や車を汚しているだけじゃないか。

おまけに鳩の糞は感染症と細菌のデパートだぞ。
公的施設なんかで防護用のネットを張っているのもその危険性があるからだ。
鳩は平和のシンボル?バカで人を怖がらないから一見平和そうに見えているだけじゃないか』

烏の言い分にも一理あると思えます。
それに動物愛護を叫んでも、わたしたち鳩には人間愛護はありません。
人間の子どもがひき逃げにあっても、女性が暴漢に襲われても、わたしたちは見ているだけ。
助ける手立ても無いし、何より助ける気にもなりません。
わたしたち鳩族に『人間愛護』なんて標語はありませんから。

それ、おわかりですか。
人間が鳩を思っても鳩は人間なんか何とも思ってません。



 土曜の夕方、夕焼けになりました。
飛んでは歩き、歩いては飛んでいつの間にか工業団地の裏に来てしまいました。
ここらは倉庫街で普段でも人通りは少ないし、歩く人もいません。
なのにやけに車、それも自家用車が多い。

倉庫街なのに、なんで、やってるのは車の中での愛の交換会です。
これはこれでホテルや旅館と違う雰囲気があるらしい。
辺りを見ていると、ひょいと煉瓦塀の上にいつもの猫が現れました。
あいつはこの時間あたりになると決まって現れます。

塀の角まで行くと、しゃがみ込んで横になり下に停まっている車を見ている。
白い大きなセダン、外車ね。
運転席の男と助手席の女、抱き合っている。

もっと近づいてみよう、のぞきだから少々下品だけど、まあいいやわたしは鳩だもの。
鳩歩きで近づくと、おやおやキスをしあっている。
男が女のスカートの中に手を入れた。

恋人同士かと思えば違うみたい。
男は白髪のジイサン、女は歳のわからない厚化粧のオバサン。
不倫かな、夕焼けの空の下での二人の逢瀬、何だか錦絵を見ているような気がしてきた。
二人の動きが段々とせわしく過激になってきた。

わたしもその気で見ていたら、おっと猫と目が合った・・・笑った猫の顔に品が無い。
どことなくいやらしい目をしている。
でも猫にもわたしの目もそう見えているに違いない。
お互い、やってることは「のぞき」ですもんね。

 これから夜になると車はもっと増えるし、空いた場所を探して渋滞まで起きる。
あっちこっちの車内で一刻の愛を確かめ合う光景は中々のものです。
でも人間は面白い。
それをまたわざわざ見に来る男がいますから。

この辺りを散歩のふりしながら歩き周っている男は大体そうです。
行為におよぶ者あれば、それを見て楽しむ者もあり。
窓が開いてる夏なんか、カップルの動きに合わせて一緒に女の身体をいじくって楽しむ第三者という強者(もさ)もいます。

でも中には気づいて、それをやらせている女もいるからね、おどろいちゃう。
上手な奴にはやらせておいて、下手な奴は痴漢よばわりしてんだから女も中々のものですよ。

 ああ、まだ暗くもないのに下の二人も下着を脱ぎ始めちゃった。
いい歳こいて、こんなところで、ホテルへ行きなさいよォ。
『ドンッ!』
おやボンネットの上に猫が落ちた、いや下りたんだ。

二人がおどろいて見た。
「野良猫よ」
女はそう言ったように見えた。
猫が言った。

『わたしゃ野良じゃない、飼い猫よ。ちょっとそのティッシュを窓から捨てないでよね。ゴミは持って帰ってよ』
丸くなったティッシュが窓から二つ飛んで出た。
ここから先は中継するには問題なので、他へ行ってみましょう。

 さあてお次は。
こっちは軽トラ、真面目そうなオジサンが一人乗っている。
バッグ、帳面を横に置いてスマホを見ている。
いやだぁ、エロ画像じゃないの。

帽子を脱いだ。
後頭部に少し残っているけど、ほとんど禿げてる。
でもそんな歳には見えない。
若禿げなんだろうね、おっと電話がかかってきたみたい。

あわてて、下へ落としちゃった。
取ろうと焦ってハンドルで頭を打っちゃった。
焦ってる、焦ってる、オジサン焦ってる。
どこ、どこだスマホ、手にして見たら電話は切れてたみたい。

『あ~』ていう声が聞こえた。
指先が激しく動く、ああ、間違えたみたい、それッガンバレオジサン。
かかったのかな、頭をしきりに下げている。
誰なんでしょ相手は、お客さんなのか、メモ帳に何か書き込んでいる。

 他へ行ってみましょう。
キレイでピカピカの白いハコバンがいる。
ドライバーの男が後席を振り返りながら身振り手振りで何か話している。
後席は濃いスモークだから中が見えない。

もっと近づいてみましょう。
おお、後席から若い男が顔を出した。
ドライバーはその若い男の頭をファイルでしばいた。
ドライバーは兄貴分なのかな、怒鳴ってる。

あの若いの、不始末でもやったのかな、もう少し見てみよう。
若い男が助手席に移動した。
ドライバーが説教しているみたい。
若い男の耳に口をくっつけて何か大声で怒鳴った。

若い男は頭がくらくらしてるよう。
しきりにドライバーに謝っている。
するとまた一人後席から若い男が身を乗り出してドライバーに何か言っている。

ドライバーがタブレットを開いて三人で見始めた。
よく見るとドライバーの左手の小指が半分無い。
ははあ、あの業界の人なのか。
業界で何やってんだろう、この三人。

 次へ行こう。
赤いスポーツカー、カップル、いまどきのファッションで若い二人、ともに二十歳半ばくらいかな、運転席の男が女に何か渡した。
女が包装を解いている。
女が喜んでいる。
へえ、プレゼントか、何のプレゼントでしょうね。

でも、幸せそうなのは、わたし 好きじゃないの。
不幸な眺めのほうが好き、だってそのほうがドラマでしょ。
幸せいっぱいのドラマなんて、あんたさ見てて何が面白いのよ。
ここはいいや、岸壁に出てみましょう。

空は暗くなっている。
鳩も夜は苦手だけど今夜はまだ頑張ってみようと思う。
しかしまあ岸壁も車でいっぱい。
中に一台、外からのぞきこんでいるオジサンがいる。

ブランドのサイクルウエアでばっちり決めている。
離れたところに自転車があるから、あれで回ってんでしょうね。
こんな姿なら疑われない、と思ってんかな、きっとそうだね。
自転車は、おお、スポーツタイプの輸入品でかなりの値段がするはず。

こんなのに乗って回ってんのか、アンタも好きねェ。
車のドアーが突然開いてオジサンに怒鳴った。
「あっちへ行け、スケベー」
オジサンは自転車に飛び乗ってあわてて逃げた。

追いかけてみましょう。
すると自転者をまたすぐに止めてコンテナに立てかけた。
走ってる。
どこへ行くのよ、と思ったらその先に車が停まってる。
あそこへ行くのか、よく見てるわねぇ、それにしてもマアこまめなこと。

そうだよねェ、好きなことなら手間暇は惜しまないのよね。
あの様子なら家庭持ちだろうけど、家に帰ったら子ども女房を相手にどんな顔をしてんだろう。
きっと真面目そうな顔をしてんでしょうね。

ちょっとちょっとォ、顔を窓ガラスにべったりくっつけて見ないでよ。
みっともないわね、子どもが見たら一生トラウマになるわよ。

■ 

 そろそろ帰るかな。
モールの大きな時計が7時になっている。
ここはモールの近くにあるファミレスの玄関の前。

中はギンギンに照明が灯っている。
さあ、そろそろ客が増えるころね。
おっ、さっそく軽トラと4駆の二台がつながって入ってきた。
並んで停めて降りてきた。

おやさっきの軽トラのオジサンだ。
4駆から降りた男二人と三人で笑いながら入っていった。
メニューを見る男二人にオジサンが話しかけている。
業者と客の関係かな、仕事がうまくいくといいね。

今度は白い大きなハコバン、オヤあの小指の無い男の車じゃないか。
若い二人が兄貴、兄貴ィと従いながら店に入った。
兄貴は黒くて厚くて重そうなカバンを左手で持ち、右手にはスマホも三台ぶら下げている。

ヤクザだろうけど、いま流行りの経済ヤクザっていうあれかな。
兄貴たちは奥の席に座るとメニューを開いた。
若い一人は電話を始めた。
ひょっとしたら「オレオレ詐欺」のグループかな。

あの若いの、こう言ってるのかも。
「母さん、集金した金を落としてしまった。会社を首になりそうだ。会社の後輩を行かせるから郵便局のカードを渡してやってよ。暗証番号も教えてやって」
母さんは後輩を見た途端、ヤクザとわかって・・・想像だけどね。

オッ今度は自転車が来た。
おお、あの高級自転車オジサンだわ。 
玄関の近くに止めて二つも鍵をかけている。
そりゃ盗られたらえらいこっちゃでしょうね。

汗を拭きながら入ってった。
帽子を取って明るいところで見ると、あんな助兵衛野郎には見えないけどね、ホンマに人は見ただけではわからないわね。

 続いて帽子をかぶった若そうな男の二人組が歩いて駐車場に入ってきた。
真っすぐ店に入るかと思いきゃ、あの高級自転車に興味があるのか、二人で見ている。
二人は背伸びして中を見た。オジサンはメニューを見ている。

すると一人がリュックサックから何か取り出して自転車に何かした。
と思った瞬間、一人がさっと自転車を抱え、二人は小走りに駐車場から出て行った。
そして走る走る、後ろを振り返りながら街の中に消えた。
自転車ドロボーだわ、慣れてるわね。

車でついてきて、どこからか見ていたんでしょうね、あのまんま車に積んで逃げるんだ、きっと。
その先は転売か解体か、ネットに出るかもね。
どこへ行くのか、追おうかなと思ったけどやめた。

あのオジサンは、おお、気づかずにスマホを見てる。
オジサン、オジサン、盗られちゃいましたよォ~保険かけてるぅ~?

また車が入ってきた。
今度は白い、しろ・・・ 白いセダン、外車、夕方に見たあの白髪のジイサンの車だわ。
後部のドアーが開いて降りてきたのはあの歳のわからない厚化粧の・・違った。

降りたのは白髪のバアサンだ。
女房みたい、きっとそうだ。
ジイチャン、あの歳のわからない厚化粧のオバサンはどこよ。
二人でゆっくりと中に入っていった。
しかしジイチャンの早業にはおどろくよね、あれから、もうこれなのォ。

感心していたら今度はシルバーの乗用車。
これも夫婦ね。
亭主らしきは紳士風の男だけど、だけど、女房らしき女に目がいった。
この女、あの白髪のオジサンの外車にいた、あの歳のわからない厚化粧のオバサンじゃありませんか。

おどろいちゃったな。
白髪のジイサンとは離れた席についた二人。
笑い合いながら二人でメニューを見ている。
夫婦だろうと思えるけど・・

厚化粧のオバサン、トイレに向かって・・・歩く途中で白髪のジイサンと目が合った。
二人とも一瞬びっくりしたような顔をしている。
オバサンはそのままトイレに入り、出てきて席に戻った。
互いに何事もないように時間が過ぎていった。

う~ん、こういうのを大人というのかな、何というか。
今度は互いにチラッチラッと見ている。
よく見ると白髪のジイサンの女房らしきバアサンがジイサンを見ながら、厚化粧のオバサンにも視点を合わせているようにも見える。

ハハァ・・バアサン、亭主とオバサンのことを知っているのかもね。
いやあ、これはきっとそうだ、知ってますねバアサンは。
運良くか悪くか、たまたま会ったらしいこの夫婦らしき二組、この先どうなるんでしょう。
あ~気になって気になってしようがない。
気になるわァ、ずっとここにいようかな。

しかし人間てのは、本当に飽きないわ。
おっ自転車オジサンが勘定している。
外に出てきた。
気づいたね、自転車が無いのに。

歩いてオジサンのそばまで行った。
オジサン青くなって警察に電話している。
「自転車がないんです。すぐ手配してください。色は・・・」
とスマホで話しながらわたしに気づいた。
「このクソ鳩ー あっちへいけ!」

クソ鳩と怒鳴られたあげくに蹴られた。
動物愛護はないんかい。
蹴られてふらついたのが悪かった。
ふらふらっとなって駐車場に入ってきた車に脚を轢かれた。

骨が折れた、脚が立たない。
見上げると赤い車、あの彼女に何かプレゼントしていた赤いスポーツカーだ。
若い男がわたしを見下ろしている。
チッと舌打ちするとそのまま奥へ入っていった。
アンタ鳥獣保護法違反よ、と言ったが痛みで声が出ない。

道路からタクシーが入ってくる。
ヘイ タクシー!わたしゃケガ鳩よ、真っすぐこないでよ。
転がっているわたしに迫ってくる。
わたしがいるゥ 轢かないでしょ、轢けば警察よ実名報道よ、いくらなんでも・・・・・

轢かれた。
今度は腰を思いっきり轢かれた。
タクシーは客をファミレスの玄関で降ろしている。
タクシー運転手が言ったのか、ファミレスの従業員が出てきてわたしを拾い、首根っこをつかまれ、歩道の植え込みに捨てられた。
わたし鳩なのに捨てられたのよ、ケガ鳩なのに、痛い、痛い、腰も脚も。

朝になった。
痛みが全身に広がって呼吸も思うようにできない。
上で烏が啼いた。
電線に揺られながら烏が四五羽わたしを見下ろしている。
チャンスがきたらわたしを食う気よ。
人間、誰か助けてぇ。

意識が段々とぼやけてくる。
ああ、たすけて、ボャッとする意識の中でわたしを拾い上げる青いゴム手袋が見えた。
助かった、嬉しい、わたしは平和のシンボルである鳩、動物病院行きだと直感した。

しかしその手の先に見えたのはゴミ収集車のゴロンゴロンと回るドラムの闇だった。
動物愛護でしょ、行くのは動物病院でしょ。
次に見えたのは可燃ゴミ焼却場の大きな壁だった。
上からゴミがどんどん落ちてくる。

シャベルでゴミと一緒に引っ張り上げられた。
猛烈な熱さに羽根が焼け身が焼け骨も焼けていく。
ああ、生きたまま火葬に、何が動物愛護よ。
わたしは灰になったのか、フワ~と煙突を上がっていく。

煙突を抜けると青空が広がっていた。
わたしは煙になって昇天していた。
下をいく車や自転車が見える。
赤いスポーツカーが見えた。
あいつかな、あのスポーツカーかな、わからない。

今年が終わる。
わたしも終わった、のかな。
昨夜のあの人たちの来年はどうなるんかな。
煙になったわたしも、これはこれで良さそうだし、まあいいか。
昭和の頃の歌謡曲にもあったわよね、こんなタイトルの歌が・・・

いいじゃないの幸せならば

 お読みいただいた方々に心より感謝申し上げます。
またヒマつぶしにでも訪れていただければ励みになります。
来年も良き年でありますように。
ありがとうございました。





















軽四の黄色の乗用車、誰もいないわね、ウンッ女性が早足でやってくる。
服から何か取り出すと軽四のランプが点灯した。
ああ、この女性(ひと)の車なんだ。
車に乗ってエンジンかけてバックミラーで髪を直しているわね。

この人、えっ さっき外車の中でパンツ脱いでいた人じゃない。
なるほど、ここに車止めていたわけか。
やっぱり不倫だよね、うん、間違いない、こりゃ不倫だわ。
この先どうなるんだろう、この人、まあ他人様のことだけど。
どこかへ電話しながら笑っている。
左右を確認して出て行った、お幸せにね、と思ったらオジサンが軽四に乗ってすぐ後ろをつけるように追っていった。
ははあ、オジサン、興信所の人かな、うんそうでしょきっと、不倫の調査なんだと思えるわ。
ばっちりバレてんだね。
さっ次いこ次いこ。












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