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ゾルバ系オヤジ

「先輩!!どないしましょ!!」

「なんや?お前のどないしましょはこの出張で聞き飽きたわ、なんや?今度は車でもパクられたんか?」

「タイヤがズタズタにされてます!!」

2週間あまりのイタリア北部の金属加工、金型工場への営業を終え、日本に帰国する当日の朝だった。

たまたま、村上春樹さんの旅行集を読んで出国したぼくは、1980年代初頭のローマ駐車事情についてはその本から情報を得て知っていた。

平たく言うと道路の路肩は暗黙の駐車スペースであり、その路肩が埋まると歩道も
駐車スペースとなり、そこも埋まると二重、三重駐車になり、一台目の車は延々と
鬼のようにクラクションを鳴らし続けると言ったようなくだりだったと思う。

果たして、ぼくたちはミラノ中心部(そこしか空きのホテルがなかった)に宿を取っていたが、時は2002年である。
が、ほぼ村上春樹さんの記述通りであった。
二重、三重はなかったが
歩道にも車が泰然と駐車されていた。

前夜仕事を終え、物凄くというか宝くじに当たったような奇跡が起こり、宿の目の前にあったチンクエチェント2台が場から離れたの見るやいなや、素早く10人乗りのフィアットのボンゴレンタカーを縦列駐車したのだった。

「やれやれ、これで車止めるとこ探してウロウロせんでええな」

「そうですね!最後の日やからなんですかね。」
と言って宿に入ったものだった。

さて、問題のフィアットボンゴの左後輪タイヤは?

ナイフで刺されて切られてズタズタにされている。

「うわぁー派手にやってくれたのー」

「スペアタイヤに替えんとあきませんね」

レンタカーであるし、スペアタイヤも交換に使う工具も車載されているはずだ。

車後部に回り探すものの、下から覗いても、リアスペースの側面を見ても、なんらその形跡が見当たらない。

「どないなっとるんや?この車は?イタリアのレンタカー屋はパンクせんと思てるんか?」

「そやけど先輩、はよ直さんと飛行機に間に合わんですよ、もう泣きたなってきたわ」

「お前というやつは…泣いて解決するか、アホ、さっさと探せ。わからんかったらレンタカー屋に電話せんかい」

後輩がレンタカー屋に電話すると

「先輩、どっかにあるとしか言いません!!泣」

「なんやそれは、電話代無駄にしただけやないか、んーええ加減やのー」

そうして、ぼくたち二人がボンゴの周りを
悲壮感を漂わせて、あーでもないこーでもないとウロウロしてると。

公園から二人の男性がこちらに近づいてきた。

(うぉ!なんやあいつらカツアゲしにくるんか)とぼくは警戒心を抱く。

一人は身長2メートルほど
一人は身長1メートル50ほどの凸凹コンビだった。

2メートルがなんか話しかけてきた。
「ヤポーネ(日本人)」だけわかる
どうやらギリシャ語のようだ。

2メートルはその男ゾルバのように
ゾルバ系の髭を生やしていた。

1メートル50が英語を少し話せるようで
後輩と話し、「フムフム」と頷いて
ゾルバ系2メートルに話しかける。

ゾルバ系2メートルが自らの車に戻り工具を手に取り、リアボックスのシートをめくる。

「いやいやゾルバはんそこは見ましてん」と
緊急時の必須である地の言葉で言うと

ゾルバ系2メートルは、クスリと笑い
シートの板に取り付けられていた四隅のボルトを持参したドライバーで外した。

そして、スペアタイヤと格納されている工具類を指差して、またクスリと笑う。

「おお!」と後輩とシンクロで歓声をあげる。

その後、後輩がこちらでやりますからと
何度1メートル50に言っても
ニコニコ笑いながら、ゾルバ系2メートルがやるから大丈夫と言い
結局、スペアタイヤの交換をしてくださった。

ぼくは感動のあまり1メートル50に手間賃を出すと通訳せえと後輩に言うが
彼は頑として首を縦に振らず受け取らない

交換が終わり、どこの宿か?聞くと
偶然にも同宿だった。

宿にはフロントの横に小さな食堂があり
そこへ案内し、あらためてお礼を言う。

二人も仕事で来ているらしく、先程夜勤明けで朝メシを終えて帰ってきたと言う。

これから一杯引っかけて寝ると。

せめてその一杯だけでも出させて欲しいと頼み。

二人は濃いギリシャコーヒーにたっぷりと
アイリッシュウィスキーを注ぎ
「グラッチェ!グラッチェ!」と言い
ニコニコしてくださった。

仕事であるが、旅は旅である。

そして旅のイレギュラーは死ぬまで忘れないだろう。

ありがとう
ゾルバ系オヤジ
貴方達とは二度と会うことないやろけうけど…
忘れてませんよ。

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