都議会のセクハラヤジの改善は、やはり欧米メディアからになるのか?・クオーター制発祥地のノルウェーの実情についても参考にしたい

都議会やじ 欧米メディアが批判6月22日 19時54分

 NHKのネットニュースで欧米の反応を報じていた(参照)。以下にコピーを貼ったが、着目部分は、「日本では女性議員の数が少なく女性の地位の低さを反映したものだと分析しています」の部分。これはフランスの「クオーター制」からも言える結果で、議会の女性の割合を半数にするというもの。男性から受けるセクハラがこの制度によってほとんど撲滅できる。当然の結果だが、さり気なく書かれたこの部分の背景となる歴史的経緯や経過などが詳しく紹介されているわけでもない。

 こうして改善につながる記事を見かけると明るい気持ちになる。


東京都議会で質問をした女性議員に「早く結婚したほうがいいんじゃないか」などとやじが飛んだ問題について、欧米メディアも「差別的な発言だ」と批判する論調で伝えています。

このうちイギリスの新聞ガーディアンは、電子版で「東京都議会で女性議員が男性議員から性差別的な暴言を受ける」という見出しを付けた記事を掲載し、日本では女性議員の数が少なく女性の地位の低さを反映したものだと分析しています。
またアメリカの大手経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルは、やじを受けた塩村文夏議員へのインタビューを電子版で掲載し、「女性を軽視する議員には、結婚や出産をしたくてもできない女性たちのことを理解したり、支援する政策を立案したりすることはできない」という塩村議員の発言を紹介しています。
ロイター通信は、安倍政権が「女性の活躍」を成長戦略の柱の1つに掲げ、2020年までに指導的地位に占める女性の割合を30%程度にすることなどを目標としているものの、現在、日本では多くの女性が出産すると仕事を辞めるよう勧められると批判的に伝えています。

ネット上でも批判広がる

今回の問題は、インターネット上でも批判が広がっています。
やじを飛ばされたみんなの党の塩村文夏議員が、当日、ツイッターで「悩んでいる女性に言っていいことではない」などと反発したことが波紋が広がるきっかけとなり、「リツイート」と呼ばれる引用は22日午後5時までに3万件に達しました。
さらに、複数の会派が「やじは自民党の議席周辺から聞こえた」と指摘したことで、自民党東京都連に対して発言者の特定や厳正な処分を求める「ネット署名」も急速に賛同者を集めています。
署名を行っているのは「東京都議会における差別発言を許さない市民一同」というグループで、「Change.org」という署名サービスを使って行われています。
賛同者の数は22日午後5時までに7万件を超え、賛同者からは「すべての女性の人権を踏みにじる発言だ」という意見や、発言者の辞職を求めるコメントも寄せられています。

 ネットを少しまわってみると、クオーター制の発祥地でもあるノルウェーの実情について2011年の「クオータ制は女性だけの特権か?――男女共同参画先進国ノルウェーより2011年06月30日」(参照)があった。参考までに付記しておきたい。

いまだ根強い男女の性差別の解消案として浮上しているクオータ制。しかし、その運用には賛否が渦巻いている。九州大学の入試における女性枠は、発表からまもなく取り止めとなった。何かと物議を醸すクオータ制の発祥地、ノルウェーの事例を追った。

ノルウェーにおける男女平等法の成立は1978年と早く、1981年には「公的に設置される理事会、審議会および委員会は、男女双方の議員から構成される」ことが定められた。その後1988年には、「公的に設置される理事会、審議会および委員会が4名以上で構成される場合には、双方の性がそれぞれ40%以上ずつ選出されなくてはならない」と改定された。クオータ制イコール女性枠と捉えられがちだが、実は、両性を対象とした制度なのだ。2006年には、民間企業の取締役会においても同様のクオータ制が導入され、女性役員40%の実現も間近だ。

男性を対象としたクオータ制もある。パパ・クオータと呼ばれる育児休暇だ。父親に対する育児休暇制度は1977年からあったが、利用率は低かった。1993年にクオータ制が導入され、父母合わせて最大54週の育児休暇のうち、4週間が父親に割り当てられた。父親が休暇を取らない場合には権利が消滅し、母親が取得できるのは48週のみとなる。その後、パパ・クオータの期間は延長され、2011年には最大57週の育児休暇のうち12週が父親に割り当てられることになった。

高等教育の分野でもさまざまなクオータ制が取り入れられている。途上国などからの留学生に対する奨学金の特別枠や、地元学生の入学枠、少数民族であるサーミ人の入学枠に、女性枠が存在する。また、教員や研究員の採用に女性枠を設けている教育機関もある。過去には、国際機関から批判を浴びた女性枠もあった。EFTA(欧州自由貿易連合)は2003年、オスロ大学の教授職における女性枠が、性差別であり非合法と批判されたのだ。

しかし、ここで問題とされた女性枠は、「教授職のうち20名を女性とする」という固定的なものだ。これは、議論となった九州大学の「定員9人のうち5人を女性枠とする」とよく似ている。だが、現在ノルウェーの教育機関の職員採用に適用されているクオータ制は、「採用時に同等の能力を持つ男女の応募者がいる場合は女性を優先する」といった内容で、性差別にはあたらないとされた。

また、大学入試で採用されている女性枠は、受験者の男女比に著しい偏りがある場合にのみ、女性受験者に対して一定のポイントを加算するという仕組みだ(ノルウェーの大学入試に試験はなく、高校の成績やその他の社会経験などによるポイント制で合否が決まる)。

ノルウェーのクォータ制で重要なのは、あくまでも自然な男女の比率からかけ離れた状況を是正するために採用されているという点だ。

大学入試で女性枠が設けられているのは、工学部や経済学部など、女性の希望者が少ない学部に限られている。そして驚くことに、男性枠の設置が議論されたこともあるのだ。2004年、ベルゲン大学の心理学部では女子学生が71%を占めており、またノルウェー国内の心理学者のうち59%が女性であった。大学はこうした状況を鑑み、男性枠の設置に向けて動いたが、実際には同学科の重要ポストにおける女性の割合は21%に過ぎないなどの反論があり、実現はしなかった。

ノルウェーと日本の大きな違いとしてよく取り上げられるのが、女性の社会参加だ。

クオータ制を受け、国会議員に占める女性の割合は39.6%、閣僚の50%が女性だ。15~64歳の女性の就業率は75%を超え、高等教育を受けた女性に限ると、その数字は80%ほどにもなる。その裏には、日本と根本的に異なる社会システムがある。ノルウェーでは専業主婦という立場が成り立ちにくいのだ。まず、高い物価と税率により、共働きを余儀なくされる家庭が多い。また、事実婚、シングルマザー、シングルファーザーなど、家族の形態が多様化したため、従来のような夫と妻の役割分担は消えつつある。さらに、家族の形が流動的になったため、一家としての将来プランよりも、家族成員それぞれの人生プランが重要視される傾向がある。

こうした事情とは別に、有給の育児休暇や育児休暇後の復職の保障など、子どもを持つ女性が社会復帰するための仕組みは十分に整っている。正社員としてパートタイム勤務を選択する人も多く、子どもを持つ多くの女性が週3日など勤務時間を短縮して仕事をしている。

逆に、今まで女性の占める割合が多かった職業にも男性が進出している。例えば、日本では助産師の資格を取得できるのは女性に限られているが、ノルウェーでは男性でも取得できる。また最近では、保育園など、今までほぼ女性で占められていた職場に勤務する男性も増えている。職業と性別の結びつきがゆるくなってきており、社会も異なる性が入ってくることに寛容だ。1980年代に一気に進んだ男女共同参画を経験した親を持つ子どもたちが、社会に出てきたことも大きいだろう。子ども向けの書籍などを見ても、職業と性別の偏ったつながりを意図的に排除しようとする努力が見て取れる。

現在の日本では、女性の社会進出のための基盤となる制度が整いつつあるが、そのスピードは遅い。また、固定的な男女の役割分担意識も根強い。こういった現状を打破するために、クオータ制の導入は今後も検討されるだろう。その際には、男女共同参画先進国であるノルウェーの取り組みが参考になるはずだ。ノルウェーにおけるクオータ制は、決して女性だけの特権ではない。社会を、本来のあるべき男女比になるべく近づけるための手助け、それがクオータ制なのだ。

 残念ながら、クオーター制の検討はあまり進んでいないように思う。筆者はその理由に、社会システムの違いに根本原因があると指摘している。

「日本と根本的に異なる社会システムがある。ノルウェーでは専業主婦という立場が成り立ちにくいのだ」

 日本は完全にこの逆が。女性の地位向上の名のもとにやっている政策の意図は、少子高齢化対策そのものだと思う。この理由については、Twitterでつぶやく中で既に、発言した。
 ノルウェーの女性の地位が認められている理由はこうある。

「まず、高い物価と税率により、共働きを余儀なくされる家庭が多い。また、事実婚、シングルマザー、シングルファーザーなど、家族の形態が多様化したため、従来のような夫と妻の役割分担は消えつつある。さらに、家族の形が流動的になったため、一家としての将来プランよりも、家族成員それぞれの人生プランが重要視される傾向がある」

 うーむ。比較で言うなら、景気の悪化はあるにせよ、女性が働き手とならないと日本経済の先行きはかなり不透明ではあるし、が、家族の多様化はあるが、市民社会がその支えの必要性を実感できていないようで、議論もあまり盛んとはいえないかもしれない。
 何が切り口であれ、都議会の失言問題が女性蔑視やセクハラなどの防止策のための議論の土壌となることを願う。

 

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