進研ゼミで、やっていない

 「進研ゼミでやったところだ!」と実際に思ったことがある。

 小学生の頃、よく家に進研ゼミの広告が届いていた。それには「進研ゼミを始めると恋に部活に勉強に、全部大成功!」という内容の漫画が同封されている。俺はその小冊子を読むのが密かに楽しみだった。とにかく子どもは内容を問わず漫画が大好きだ。

 その日届いた漫画の主人公は女の子で、細かい内容は無論忘れたが、とにかく進研ゼミを始めたことでテストで100点を連発し、気になる男の子とも付き合うことになった。その恋愛の過程で、こんなシーンがあった。

 主人公が、気になる男子に意を決して「私のことどう思う?」と聞く。すると男子は恥ずかしそうに「まあ…俺は可愛いと思うよ」と答える、という、他愛もないものだ。
 俺は特に意識することもなく、ふーん、と思って漫画を読み終えた。それによって母に「俺も進研ゼミやりたい!」とお願いすることもなかった。

 その数日後、時は突然に訪れる。前の席の青木という女子が急に振り返って、「ねえ、ガタ(俺の当時のあだ名)は私のことどう思う?」と聞いてきたのだ。全くの不意打ちだった。そして俺は瞬時に思った。「進研ゼミでやったところだ」と。

 対策済みのところが抜打ちテストで出たようなものだ。こんなにラッキーなことはない。俺は答えを知っていた。「私のことどう思う?」に対する回答は「俺は可愛いと思うよ」であり、これ以外はない。

 だから俺は狼狽えた様子も見せずに、(少し恥ずかしそうに)「まあ、俺は可愛いと思うよ」と言った。今思えば舌を引っこ抜いてやりたいようなセリフだが、当時の俺には自信があった。なにせ進研ゼミでやったところなのだ。

 すると青木は一瞬戸惑ったような顔をして、「何それ!」と吹き出した。いや、「何それ!」はこっちのセリフである。予習した展開と全く違う。進研ゼミで、やっていない。

 彼女が言うには、最近男子に冷たくされているような気がする。男子全体に嫌われているのではないか。ガタは男子の中心だから、ガタに嫌われてるかどうか聞いておきたかった、ということらしい。

 俺は青木のことを嫌っているはずもなかったので、寧ろかわいいと思っているわけだから、全力で否定しておいたが、問題はそんなことではない。問題は、宙に浮いた俺の「まあ、俺は可愛いと思うよ」である。こいつはどこに着陸するつもりなのか。こんなに大きな翼を広げてしまったのだ。

 俺は青木に「いや、さっきのはちょっと…間違えて…」と言い訳をしたが、青木は「ウケる」と言って聞いてくれなかった。俺は本当に恥ずかしくて、これで青木には嫌われたな、と思った。

 しかし青木は、最後に、「まあ、ガタに可愛いって言ってもらえるのは、嬉しいけど」と言った。俺は何も返すことが出来なかった。進研ゼミでやっていなかったからだ。

 この話はここで終わりだ。進研ゼミさえやっていれば…。

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