金沢のルール


 「ひがし茶屋街」は石川県金沢市屈指の観光名所である。古風な雰囲気で統一された茶屋街であり、由緒ある料亭や、モダンな和風カフェ、土産物屋、食べ歩きの店が立ち並び、まさしく、Japanese Traditionを感じることができる。

 そこで最も長い行列を作っているのは金箔ソフトクリーム。読んで字の如く、ソフトクリームの上に大きな金箔を被せた逸品である。ソフトクリームの三角錐のようなアイス部分の凡そ半分の表面積が、少しクシャクシャにした金色の紙で覆われている。店頭には黄金に輝くソフトクリームの写真が高々と掲げられ、その美しい輝きに惹かれて多くの人が購入列に並んでいる。

 実はこの金箔ソフト、ひがし茶屋街だけではなく金沢市内の多くの観光地で見ることができる。金箔ソフトは金沢の誇る文化であり、様々な観光情報メディアで紹介されている。

 ちなみに俺は購入しなかった。なぜなら、よく意味がわからなかったからだ。でもこれって私の感想ですよね?

 よく見るとひがし茶屋街ではあらゆるメニューに金箔が使われている。抹茶の上、最中の上、海鮮丼の上にも、金箔がちょいと乗せてある。あーら金箔がキラキラと輝いてお綺麗ですこと、などと言って食べるのだろう。

 同行した彼女の希望で、あるチャイ屋さんに行くことになった。(チャイ屋さん、でいいのだろうか。チャイを売っている店のこと。)どうやらTwitterか何かで美味しいと聞いたらしい。その店はひがし茶屋街から少し外れた一角にあった。メインストリートはとにかく人が多く、自分もそれを構成する一人である以上文句は言えないものの、俺は多少辟易してきたところだったので、彼女の提案はありがたかった。

 俺たちが店の前に着くと、ちょうど客が出てくるところだった。それを若い男性店員が「ありがとうございました〜」と言いながら頭を下げて見送っていた。俺たちと目が合うと彼は「いらっしゃいませ、是非中へどうぞ」と言った。少し特徴的な抑揚は方言だろうか。俺たちは中に入った。彼女が先頭、俺は後ろという布陣である。

 こじんまりとしたお洒落な店の中にはスパイスがたくさん並んでいる。カウンターの奥には先ほどの男性と、若い女性店員が一人。俺はクミンと五香粉くらいしかわからないが、彼女は多少詳しいので、色々見てふんふんと言っている。ぐるりと店内を回った後、カウンターに向かい、冷たいチャイを注文する。俺は牛乳アレルギーなので一つ豆乳に変えてもらう。

 店内に座って飲めるスペースがある。彼女が一口飲んで「美味しい!」と言うと、女性店員が「よかったです」と笑顔で返した。他に客はいないので、なんとなくコミュニケーションを取るべき雰囲気が漂っている。彼女が「お二人は金沢出身なんですか?」と聞いた。俺の彼女はこういう時に店員と積極的に会話をしてくれるので本当に助かるのだ。
 「はい、そうなんです。お二人はどちらから?」「東京から来ました。でも…」ここで彼女が声を潜める。「私は茨城出身なんです」俺は「別にいいだろ」と言う。

 さて、俺はそのチャイを受け取ってからずっと気になっていたことがある。チャイの表面にキラキラした破片が浮かんでいることだ。しかもそれは金箔ではない。銀箔である。 

 彼女もそれは気になっていたようで、店員に「すごく美味しいし、これ、銀箔ですか?金箔は多いけど…」と聞いてくれた。「ありがとうございます。それなんですけどね…実は、ひがし茶屋街のルールなんです」と店員は苦笑いして言った。俺は反射的に「ルール?」と聞き返してしまう。「いやね、金沢って金箔を推してるじゃないですか。だから、このひがし茶屋街の特定のエリアで店を出すには、メニューに金箔を使わないといけないってルールがあるんですわ」「ここの店はメインから離れてるので、ルールが緩くなってるんです。だから銀箔を使ってるんです」

 俺と彼女は店を出ると、顔を見合わせた。
「ルールだってさ」
「ルールか…」
 ふと見上げた空は夕暮れ時で、黄金に輝く太陽が、まるで金箔を被せられたかのように、金沢の街を照らしていた。

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