風潮

 春の暖かな日差しの中、草原に男が寝転んでいる。草の柔らかな感触が心地よい。男は空を見上げて呟く。

 「面倒臭い社会のことなんか気にせず、自分たちが楽しければ人生それでいいよな」

 緩やかな風が男の頬を撫でる。いつの間にか隣には女が一人、足を伸ばして座っている。女は言う。

 「お金を使って遊ぶより、友達とピクニックしてる方がよっぽど幸せだわ」

 男は女の方を見て頷く。女は誰にともなく微笑んで、たんぽぽの綿毛を一本、ふーっと吹いた。青い空に白い綿毛が広がり、吸い込まれるように消えていく。

 「高いレストランでよくわからないものを食べるより、みんなで缶チューハイ飲んで踊ってる方が楽しい」
 「ポカポカの日差しの中で、シャボン玉飛ばしたり、鬼ごっこしたりして、手を繋いで笑いたいね」

 男の周りに少しずつ人が集まってきている。それぞれが思い思いのくつろぎ方をしながら、なんとなくまとまって、緩やかな連帯感がある。

 「自分の好きなことをすればいいんだよ。かわいく生きるのが一番大事。そうだよな?」

 最初の男が周りに呼びかけるように言うと、人々はそうだ、と口々に言う。

 「何が起こってようと私たちには関係ないの。生きていればそれだけで偉いんだから。これ以上何を望むの?」

 女が隣の女の目を見つめて言う。言われた女もしっかりと頷く。

 「本当にそう。生きているだけで偉くて、かわいい。私たちは最高」

 皆口々に「最高」「最高」と呼応する。それは心からの言葉のようにも、自分に言い聞かせているようにも聞こえる。

 「みんなそれぞれの生き方がある!みんなの自由を尊重して、それぞれ最高に生きよう」

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 その草原から壁を一枚隔てた先には、会議室があった。

 ホワイトボードの前にはスーツをバッチリ着こなした男。男は手を広げて言う。

 「人生は自己実現だ!スキルアップ!自分自身に投資せよ!」

 メモを取っていた女性がおもむろに立ち上がって、辺りを見回して叫ぶ。

 「みんなキャリアプランについてはどう考えてるのかしら!私はこんなところに収まる器じゃないわ!」
 「成長してこそ人間に生まれた意味がある!日々学びの連続だ!」

 次々に若者が立ち上がり、拳を宙に振り上げて自分自身の夢を宣言する。生きる意味とは。生きる目的とは。自分はこれからどうなりたいのか。

 「現状に満足した瞬間!人間は精神的に死ぬ!進歩!進歩!進歩!」

 若者の目の下にはクマが浮かんでいる。しかしその目はギラギラと輝いている。

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 草原で寝転んでいた男がふと壁に目をやり、隣の女と顔を見合わせて笑った。男は壁に歩み寄り、覗き穴から向こうを覗く。会議室ではスーツの若者たちが拳を振るって熱弁している。

 男は壁から顔を離し、少しだけ鼻で笑った。それを見て女は聞いた。

「最高?」

 男は首を横に振る。みんなそれを見て安心したように笑った。

「私たちだけが最高で、他の生き方は可哀想」

 女がつぶやいた。日差しが暖かく彼らを包んでいた。

 

 

 




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