READ+ vol.3 「破戒 島崎藤村(マンガで読破シリーズ)」
皆さんこんにちは。
佐々木です。
突然ですが、これを読んでくださっている方の中で、これまで誰かのことを差別したことがある人はいますでしょうか?
お恥ずかしながら、私はあります。
人生において1度や2度で収まればよいのですが、おそらく何度も。
また、逆に差別をされたこともあります。こちらも何度も。
〜目次〜
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[1]本日の1冊
[2]はじめに
[3]内容
[4]独断ポイント
[5]終わりに
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[1]本日の1冊
破戒 島崎藤村著 (マンガで読破 シリーズ)
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[2]はじめに**
本日紹介する本は、島崎藤村の「破戒」です。著者名はどこかで聞いたことがある方もいらっしゃるかもしれませんね。
私の場合は、著者名はなんとなく中学の授業で聞いたくらいで、著者の本を読んだことはこれまでありません。
昨日、太宰治の人間失格をマンガで読破シリーズを読んで、その流れでなんとなくマンガ版の「破戒」を呼んでみることにしました。
お恥ずかしながら、読む前は、この本がどんな内容なのかすら知らなかったです。
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[3]内容**
それでは内容です。
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封建的身分差別が残る明治時代。青年教師・瀬川丑松は父の戒めを守り、素性を隠し暮らしていたが、同じく被差別部落出身の解放運動家・猪子蓮太郎の生き方に感化されてゆく。ある日、丑松の素性を疑う人物が現れ、生活は一変する…。「差別」という人間に根ざす社会悪を描き、漱石からも激賞を受けた自然主義文学の傑作を漫画化。(amazon紹介ページにて)
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島崎藤村についても知らない方もいらっしゃるかとおもいますのでこちらも載せておきます。
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島崎藤村 1872~1943。詩人、小説家。詩集「若菜集」等を発表後、小説家へ転身。教職を辞し、執筆、出版された長編「破戒」は漱石らの激賞を受け、自然主義文学の旗手として注目された。日本ペンクラブ初代会長(amazon紹介ページにて)
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こちらの方も藤原藤村についてわかりやすくまとめてくださっております
https://r-ijin.com/simazaki-touson/
島崎藤村自身は、えた・ひにんではなかったようです。
[4]独断ポイント①
私がえた・ひにんのことを知ったのは、確か小学生の社会の授業だったのではないかと思います。
確か先生はそこで
「当時、農民たちの負担は、年貢などでかなり重くなり、その不満が政府に向くことを防ぐために政府が意図的に作り出したものである」
と説明したことをふと、思い出しました。
その時は、「そんなもんか」という感じで、テストに「えた・ひにん」と書いて終わりでした。
ですが、今考えてみると、これは現代においても形をかえ頻繁に行われております。
最近はだいぶ落ち着きましたが、一時的に日中や日韓の間で歴史問題を巡ってひどく争った時期があります。
その時三国が何をしたかというと、ひたすら相手国のこれまでしてきた悪さを言い合いました。
現在、日本では政府に批判の矛先が向かないように、国民感情を敵対する国を相変わらず批判したり、とにかく日本を褒めまくるTV番組などを流したりして、国民感情を発散させます。
国民を怒らせたり、おだてたり、恐怖に陥れたりして、感情をコントロールするのです。
中国は更にひどく、留学生に聞いたところでは、共産党や習近平のことをネットで中傷することは禁じられており、中国のことを批判する記事はネット上で規制されており、読むことができません。戦時下のソ連やヒトラーを思い出させます。
中国は現在「評価経済」の仕組みを構築し始めておりますが、習近平の監視体制の強化のなにものでもないですね
...と、その話はおいておいて
一旦話を整理すると、私達が感情を知らず知らずの間になんの根拠もない「事実」を信じさせることは往々にしてあり、そこに常に敏感であるべきであると、私は丑松から教えられているような気がします。
また、もう1つのポイントの前に、この物語の登場人物の簡単な紹介と、物語の最後にどうなったかを書いておきます。
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瀬川丑松 穢多の身分を隠し、教師として働いているが、
自分の運命に苦 悩する。猪子蓮太郎を崇拝。
おとっさん 丑松の父。
猪子蓮太郎 えた。新しい思想家として差別社会と戦い、
丑松に多大な影響を与えている。
高柳利三郎 新進政治家。結婚した妻の素性を隠している腹黒い男。
校長 瀬川が勤務する学校の校長。大義名分で丑松を排除しようと考 えている。
勝野 校長の腰巾着。丑松の首座教員の座を狙う。
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ここで注意ですが、この本に興味を持った方は、先に進む前に一度自分で漫画を読み、登場人物がどうなったかを知り、自分なりの考えや浮かんだ感情を大事にして次を読んでいただけると嬉しいです。あくまで以下は私個人の考えですので。
(※ネタバレ注意です)
それでは行きます。
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登場人物の最終的なその後
瀬川→穢多だとバレ、学校追放
おとっさん→息子の出世の妨げにならないように身分を隠し、長年山小屋でひっそりと暮らし、最終的に不運に見舞われ死亡。
高柳→猪子に妻の素性をバラされ、逮捕
猪子→高柳の逆恨みを買い、殺害される。
校長→瀬川を追放してぬくぬく。
勝野→出世してぬくぬく。
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これがマンガであるということを差し引いても、結局、何か行動した人が損をし、組織の上に立つ人が無傷ということは現代でも非常によくあります。
これを読んでくださっている方の人もおそらく、思い当たる節があるはずです。
テレビや映画では、この漫画でいうところの校長も高柳も懲らしめられてハッピーエンドで終わります。
でも現実は、せいぜい悪の尻尾だけつかまされ、組織は無傷なままなことが多いです。
明治時代に比べ、現代がさらに厄介なのは、権力はあるが無知な人がその座を明け渡すまでに時間がかかりすぎることがあります。
このようなことからも、政府への怒りの矛先として、「安倍政権」と一括りにして批判したり、安倍首相の言動一つを論(あげつら)って批判する人がいますが、私はそこばかりに目が行く人が苦手です。
なぜなら、安倍政権はいずれ変わりますが、安倍政権の下にいる人たちはここ数十年ほぼ変わっておらず、そしてその人たちが権力を持つ期間はどんどん長くなっているほうが脅威だと考えるからです。
私たちは、マスコミやニュースに考えを操作されている、そしてそれを操っているのは今権力を握っている人。
生贄に上がるのはだいたい個人であり、組織はずっと形を変えない。
この流れから、私たちが考えなければならないのは、今で言うところのゴーンさんでも、片山さつき氏でもなく、その背景にいる見えない組織だと思いますし、そちらを考える方がよほど健全だと思います。
[偏見ポイント]②
制度の改革がなされるのと、人々の考えが変わるまでには、絶望的なタイムラグがある。
幸いなことに、社会では様々なことが見直されつつあります。
ただ、いくら男女差別の法案が通過しようと、外国人労働者の賃金が解消されようと、LGBTQのパートナーシップや同性婚を認める動きが活発になろうと、法整備が整ったらゴールかというとそんなことは全く無いと思います。
差別の意識は、私達の心に深く根付いており、 変えるのは簡単ではありません。
むしろ、「法律・政策」という逃げ道が権力者に与えられ、言い訳がしやすくなるのを狙っているのかもしれません。
差別の意識は根強いです。
何が言いたいのかよくわからなくなってきましたが、私たちが差別に対して戦うべき相手は、権力を持った人と私自身だということを、この漫画から教えてもらったような気がします。
読んでいただきありがとうございました。
明日もお楽しみに!
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