READ➕ vol.22 火車 宮部みゆき 著

こんにちは

ここ最近ずっと寒いですね。

昨日は東京でも雪が降るとかの予報で、(結局私が住んでいるところは振りませんでしたが)その上風もびゅうびゅう吹いていて、とても寒かったです。

電車もかなり遅れているところもありました。

と、前置きはここまでにして、

突然ですが、皆さんは「錯覚資産」と言う言葉を聞いたことはありますか?

「聞いたことがある」という方、それは下記の本がきっかけだったのではないでしょうか?

他の方の評価がかなり良く、気になったので読んでみることにしました。
(この時点で、錯覚資産の影響を受けています...)

この錯覚資産という言葉、著者のふろむださんの言葉をきっかけにして広まった感ありますが、もちろん錯覚資産の概念は昔から存在しておりました。

「ハロー効果」という言葉にピンときたり、「ファスト&スロー」なんかを読んでる方だったらなんとなく著者が言いたいことが想像つくと思います。

私は本で読んだ内容自体は、結構すぐ忘れちゃうほうなので、ふろむださんの本を読んで、具体的に何が書いてあるのかは、正直良く覚えておりませんが、

「この通りやれば、人生うまく行くだろうなあ」

と思ったことは覚えております。

ふろむださんの本が出版されたのと前後して、インフルエンサーと呼ばれる方々や、各界影響力(?)をもった方々が、ファンやフォロワーの増やし方を伝授したり、こうすればうまくいく的な方法論や人生うまくいく心得(「マインド」という言葉があまり好きではないので、すみません)といった投稿が散見されるようになりました。

そこまでは良かったのですが、なぜかそこからtwitterが
「煽りと自慢と中傷と」みたいな感じになり、(「私と小鳥と鈴と」の金子みすゞ先生もびっくり)
twitterを開くたびに、文章を読んでるだけなのに、とても疲れるようになりました。

そんなことを思いながら本を読んでいた時、


それでは本日も書評を書いていきたいと思います。

〜目次〜
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[1]本日の1冊
[2]はじめに
[3]内容
[4]独断ポイント
[5]終わりに
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[1]本日の1冊 

         「火車」 みやべみゆき 著

[2]はじめに

この本は、今回で読むのが2回目です。
以前、平野啓一郎さんの「ある男」と言う本を読んでいたときに
「内容が似ている」と感じ、比較して読んでみたかったので、今回読んでみることにしました。

「火車」って家計が「火の車」とかからとってるのかなと思ってましたが、火車って妖怪の名前でもあるんですね。

....


火車/化車(かしゃ)は、悪行を積み重ねた末に死んだ者の亡骸を奪うとされる日本の妖怪である。(wikipediaより)

死んだものの、亡骸を奪うって....

こわいですね。

[3]内容
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休職中の刑事、本間俊介は遠縁の男性に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。自らの意思で失踪、しかも徹底的に足取りを消して――なぜ彰子はそこまでして自分の存在を消さねばならなかったのか? いったい彼女は何者なのか? 謎を解く鍵は、カード社会の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生に隠されていた。山本周五郎賞に輝いたミステリー史に残る傑作。
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内容自体がとてもおもしろい上に、ローン借金地獄などの社会問題にも触れた本で、一度に2度美味しい本です。

[4]独断ポイント
平野さんの「ある男」と比較して読んでみて、新たな発見があったところもあったのですが、それ以上に一回目で読んでなんとも思わなかったところが、再び読んでみて妙にひっかかった部分がありました。

それは、失踪した女性を探すために、刑事(本間)とその知り合い(保)が、その女性の元同僚(富美恵)に話を聞いているシーンです。

下記↓↓
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「ええ、そう」富美恵は両手のひらをパッと広げた。
お金もない。学歴もない。とりたてて能力もない。顔だって、それだけで食べていけるほどきれいじゃない。頭もいいわけじゃない。三流以下の会社でしこしこ事務してる。そういう人間が、心の中に、テレビや小説や雑誌で見たり聞いたりするようなリッチな暮らしを思い描くわけですよ。昔はね、夢見てるだけで終わってた。さもなきゃ、なんとしても夢をかなえるやって頑張った。それで実際に出世した人もいたでしょうし、悪い道へ入って手がうしろに回った人もいたでしょうよ。でも、昔は話が簡単だったのよ。方法はどうあれ、自力で夢をかなえるか、現状で諦めるか。でしょ?」
保は黙っている。本間はうなずいて先を促した。 「だけど、今は違うじゃない。夢はかなえることができない。さりとて諦めるのは悔しい。だから、夢がかなったような気分になる。そういう気分にひたる。ね? そのための方法が、今はいろいろあるのよ。彰子の場合は、それがたまたま買物とか旅行とか、お金を使う方向へいっただけ。そこへ、見境なく気軽に貸してくれるクレジットやサラ金があっただけって話」
「ほかにはどんな方法があります?」
裏美恵は笑った。「あたしの知ってる方法としちゃそうね、友達に、整形狂いの女がいるわ。もう十回近く顔をなおしてるんじゃないかしら。鉄仮面みたいな完璧な美女になりさえすれば、100パーセント人生ばら色、幸せになれると思い込んでるの。だけど、実際には、整形したって、それだけで彼女が思ってるような「幸せ」なんか訪れないわけですよ。高学歴高収入でルックス抜群の男が現れて、自分を王女さまのように扱ってくれる、なんてね。だから彼女、何度でも整形を繰り返すわけ。これでもか、これでも買ってね。同じような理由で、ダイエット狂いしてる女もいるわね。

...中略

富美恵は続けた。「男にだっていますよ。そういう人。むしろ、女よりも多いんじゃないかしら。必死で勉強していい大学に入って、いい会社に入ろうとするのだって、そうでしょ? 勘違いなのよ。ダイエット狂いの女を笑えませんよ。みんな錯覚を起こしてるのね」
ふと、本間は思い出した。澤木事務員が言っていた、昭和五十年代後半のサラ金パニックその根底には、マイホーム願望と、そこから生まれる過酷な住宅ローンがあった、と。
それも錯覚から生じたものではなかったか。「マイホームさえ持てれば、幸せになれる。 豊かな生涯が約束される」という—
「昔は、そう誰もかれもが、そういう錯覚を推し進めてゆけるだけの軍資金を持ってなかったでしょう? その軍資金を注ぎ込む対象、錯覚を起こさせてくれる側も、種類が少なかった。たとえばエステも、美容整形も、強力な予備校も、ブランドものを並べたカタログ雑誌もなかったものね」
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「あのね、蛇が脱皮するの、どうしてだか知ってます?」
「脱皮っていうのは — 」(中略)
「皮を脱いでいくでしょ?あれ、命懸けなんですってね。すごいエネルギーが要るんでしょう。それでも、そんなことやってる。どうしてだかわかります?」 (中略)
「成長するためじゃないですか」
富美恵は笑った。
「いいえ、一所懸命、何度も何度も脱皮しているうちに、いつかは足が生えてくるって信じてるからなんですってさ。今度こそ、今度こそ、ってね」

べつにいいじゃないのね、足なんか生えてこなくても。蛇なんだからさ。立派に蛇なんだから
富美恵は呟いた。
「だけど、蛇は思ってるの。足があるほうがいい。足があるほうが幸せだって。そこまでが、 あたしの亭主のご高説。で、そこから先はあたしの説なんだけど、この世の中には、足は欲しいけど、脱皮に疲れてしまったり、怠け者だったり、脱皮の仕方を知らない蛇は、いっぱいいるわけよ。そういう蛇に、足があるように映る鏡を売りつける賢い蛇もいるというわけ。 そして、借金してもその鏡がほしいと思う蛇もいるんですよ」
 (どちらとも 宮部みゆき 火車より  一部省略、太線は筆者による)
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...読んでみていかがでしたでしょうか?

私がまっさきに思ったことは、

「整形や、学歴、出生争い等に人間の欲望がほぼ向いていたとのほうがある意味幸せだったんじゃないか」、ということでした。

なぜなら、すべて目指すべきことが明確だからです。

そして、ここでの欲望は、全てお金で解決できるから。

もちろん、この争いは今でもいたるところで見られます。
むしろ、日本の成長が止まり、パイの取り合いになってからは尚更増えたようにも感じます。

”持っているものはさらにあたえられ
持っていないものは持っているものですら奪われる”

という有名な言葉があります。

この本の中で、借金を作って失踪した女性は、借金をして文字通り、"持っているもの"まで奪われてしまいました。

ですが、みんながみんなその道に走ったわけではありません。
現状で諦めたり、満足できた方のほうが多かったと思います。
なぜなら、そこに「お金」と言う指標があったから。
錯覚を推し進めてゆけるだけの軍資金を持っていない方は、ある意味でそれを理由にして目指すことを諦めることが出きました。

それが今の時代、その指標は「お金」だけではなくなりました。
おかねがなくともできることは工夫次第で格段に増え、「お金がない」は理由にならなくなり、その結果、レースから脱落すること=努力してない
とみなされるようになりました。

また、お金を儲けるという指標以外にも、「影響力」も持つことが重要視されるようになりました。

これまでは、ほとんどの指標がおかねで換算できたので、イメージがしやすかったです。しかし、影響力というのは良くも悪くもなにかに換算することが難しいため、

人々にそれこそ「錯覚」を起こさせることが容易なのだと思います。


そこで、私のように疲弊する人が出てきました。

蛇の脱皮を例えについて、大変わかりやすいと感じました。

この「脱皮する蛇」を私なりにもう少し具体的に分解してみました。

①奇跡的に足がはえた蛇
②脱皮はしているが、別に足がなくても構わない蛇
③足は相変わらず生えないが、何度も脱皮して足を生やそうとしてる蛇
④脱皮はしたくないが、足はほしい蛇
⑤脱皮はしたくないし、別に足もほしくない蛇

①、②の蛇は自分で楽しんでやってることをやってたら、いつの間にか高いところまで登りつめていた、というケースが多いように思います。

今SNS上での「疲れ」の主な原因は、③の蛇の一部が、足を生やそうともがくあまり、煽ったり、自分とは価値観の違う人を排除したりしちゃうところからくるのかなと思います。

そして、③の成功、影響力を見て焦った一部の④のヘビたちは、⑤の蛇に対してマウンティングをすることにより、肯定感を満たします。

③から⑤にかけてのマウンティングの仕合がSNSの疲れを生み出しているのではないかと思います。

困ったことに、努力をしたくなくて”足”がほしい④の蛇もそれはたくさんいるので(私も含む)、③は困らないわけです。

③の蛇たちは、いわゆる「普通」を捨てて、自分のものさしを持って生きているので、④、⑤よりも成功する確立は高いし、いわゆる影響力を持ってる方も多いでしょう。

挑戦することは素晴らしいことだと思うし、かっこいいし、私もそうなりたいなと思う人もたくさんいます。

ただその考えを他人に押し付けるのはすこし暴力的なのではないかとも思います。

「俺はこういう考えだけど、他の考えも受け入れる」というかたの主張は、読んでいても疲れません。

FACEBOOK内の投稿で、honzを主宰されている成毛さんがこんなことをおっしゃっておりました。

"さっきまで目の前にいた人が(幸いFBはやってないというw)
「えっ!成毛さん、その年齢で毎日欠かさず酒飲んでいて大丈夫なんですか?」という。
いやあ、それどころではない、まったく運動なんてしていないし、チャーハンラーメンは2日に1回は食う。
文字通り生活習慣病にとって最悪の生活をしているのだから、たしかに見栄えが悪いビール腹には困っているのだが、中年以降なんの病気もしていない。まあ、そのうちに病気になるのであろう。自業自得である。"
"が、しかし、目の前にいた8才年下の人は、そりゃもういろいろ運動やら炭水化物ダイエットやら節酒やら健康に気を使っているにもかかわらず、病気がちだという。
自分の健康自慢したいわけではない。みなさん、心配しすぎているのでは?と思うのだ。あれは食うな、あれは食え、あれはするな、あれはしろ、あれは飲め、あれは飲むな、走れ、歩け、泳げ、赤上げて、白下げる。じつはなんかもう毎日心理的に大変なストレスを抱えているんじゃないかと。
そんなみんなは100歳まで行きたいんだろうなあ。例外は別にして、若い時に何を食おうが、食うまいが、走ろうが、走るまいが、ほとんどの人はボケるんだけどねえ。ベッドの上で100歳までボケて生きるために、40代、50代から我慢我慢の節制生活なんて考えられねー。まあ、お好きにどうぞ。"


成毛さんの食生活がいいとか、そういう話ではなく、自分の考えを愛し、他人の考えを許容できる人は、強いなあと思います。

錯覚資産を持ってる人に影響されて、心が病む、イライラする=錯覚負債を増やさないように、最後には鬱、自殺=錯覚倒産が起きないように、自分の中に、たくさんの人の考えを入れて、振り回されないようにしたいものです。

[5]終わりに

私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが
飛べる小鳥は私のやうに、
地面を速くは走れない。
私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のやうに
たくさんな唄は知らないよ。
鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。
(金子みすゞ 私と小鳥と鈴と より)

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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