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5.月の街① | 달동네


タルトンネ(月の街)という言葉

韓国語にタルトンネという言葉がある。タル=月、トンネ=町(近所)という意味で、戦後に都市に流入した貧困層が主に斜面地にバラックを密集して建てて住み、その家の連なりが「月にも届きそうだ」と表現されたことから、この言葉が生まれた(これとは別に「月が綺麗に見える町」という解釈もある)。現在多くのタルトンネは近代的な住宅に建て替わったところが殆どだが、今でもその歴史の片鱗を見ることができる。

坂の街の多い韓国。ソウル、ナクサン公園から見る城北区の風景

ソウルのヘバンチョン(解放村)も梨花洞ももともとはタルトンネだったと思われるが、今はリノベーションが進み、ローカルな住民と訪れる若者、観光客が入り交じる地域となっている。ヘバンチョンは戦後(1945年)にまさに解放後に帰国した人がどっと流入して形成された街だ。

また、釜山の甘川文化村も同じような経緯があるが、釜山は朝鮮戦争時に多くの国民が戦乱を逃れて人口が急増した都市でもあり、甘川もその先にできた「坂の街」だ。

釜山、甘川文化村。海が見えるのが釜山の街の特徴だ。

ドラマや映画でもこのような街の坂や階段、そこから見る都心の夜景や月など様々なシーンが見られるが、その街や人々の社会的な位置づけや問題を象徴する場合も多いし、単に当たり前の日常の風景として使われることもある。そのぐらい韓国の主要な街には坂の街が多い。

階段の向こうに街が見える。ロマンチックでもあるが住むと大変だろう。

日本で言えば長崎や尾道を思い浮かべるが、そう考えると日本は韓国ほどには極端な坂の街は少ないかもしれないと思う。

ヘバンチョン(解放村)を歩く

ヘバンチョンは南山の南、イテオンの西側一帯に丘陵地にある街だ。戦後に形成されたこの街は、曲がりくねったメインの坂道に店舗が集まる中心があり、その坂をゆっくり下りていくと経理団通り、さらに行くとイテオンへと繋がっている。

一番高い地点には南山の斜面を背景として「ヘバンチョン展望台」があり、ソウル南方面の市街地が一望できる。手前にちょっと高いビルがあり、屋上も客席になった魅力的なカフェがあったので早速寄ってみることにした。

ヘバンチョン、カフェ・クリフ。このあたりからの風景はよく見ると他のドラマでも使われており、特に眺めのいい場所だ。

帰国後に分かったのだが、このカフェのまさに屋上はドラマ『イテオンクラス』のラストシーンに使われたらしい。要するに「タンバム2号店」だった。自称ドラマ通の私としてちょっと迂闊だったがそんなことはどうでも良いだろう。

この日もまあまあ暑く、アイスカフェラテで体を冷まし、屋上のテラスから写真を撮っていると、中国から来た2人組の女性に写真を撮ってくれないかと頼まれた。私が一眼レフカメラでガンガン写真を撮っていたのでこいつならいけるだろうと思ったのだろう。いいよ、と気軽に答え彼女たちのカメラを手に取り数枚写真を撮って、チェックしてくれるかな?と行って渡すと、チェックする必要はないでしょうと言いながら喜んでくれたようだ。

せっかくなので私のカメラでも撮らせてもらったのだが、この2人、実によくしゃべる子達でなかなか楽しかった。上海と深圳出身であること、今は日本で働いていること、1人は日本語がしゃべれることなどなど。インスタのアカウントを教えてもらうと、良い旅をと言って別れた。

中国から来た2人。よくしゃべる子達だった。

ヘバンチョンの中心通りをゆっくり下っていく。古いお店やスーパー、スンデの屋台などがあるかと思えば、洒落たカフェや本屋などもある。交通量は多いが歩いている人も多く多様で、日本の寂れてしまった地方商店街の雰囲気とはちょっと違う。そしてどの地域でも教会をみかけるのも韓国の街の特徴だろう。しかも比較的立派な建築の教会が多い。

ヘバンチョンのメインストリート

いかも地元で長く営業してそうな食堂に入った。夕方だったが随分歩いたので結構お腹が空いたのだ。そしてビールも飲みたかった。

スンデの屋台。食べてみたかった。
地元のマート(スーパー)

入り口付近ではご近所と思われるアジョシが4人で賑やかに酒を飲んでいる。入って丸いテーブルに座り壁のメニューを見て何にするか考えていると、その壁沿いのテーブルには足に大きなギプスを巻いたこれもご近所と思われるオモニが楽しそうにご飯を食べている。どうやらお店は奥の厨房にいるオモニ1人で回しているようだ。この時間だけ1人なのかいつもこうなのかとしばし考えた。

ソウル滞在中の若き研究者と。彼女もどっちかというとこういう地元感溢れる店が好きなようだ。

注文を決めて頼もうとすると中のオモニは忙しそうだ。それを見たギプスのオモニが大きな声で厨房のオモニに声をかけた。

「おーい、こっちにキムチチゲとイカ炒め、それとビールね」

ありがとうと言うとウンウンと頷いた。我々はチゲにイカ、ビールに焼酎を軽くやって腹を満たし、店を後にしたが、入り口付近のアジョシ達はさらに話が盛り上がっているようで、緑色の焼酎の瓶はさっきの倍ほどにまで増えていた。

こういう小さな本屋に結構出会った気がする。

さらに坂を下っていくとお店の賑わいは減ってきたが、坂の上からまた別の街の風景が見えてきた。経理団通りに近づき、少し大きな通りに出ると一気に華やかなレストランやバーが見えてきた。若者達の量も増えてくる。この多様性というか新旧混ざったところが韓国の小さな町の面白さの1つかもしれない。

段々若者の街になっていく

都心に戻るためにノッサピョン駅から地下鉄に乗ると、構内の壁にヘバンチョンの今と昔の大きな写真が貼ってある。昔はかなり緑豊かな街だったようだ。

こちらから見ると今の風景で、
こちらから見ると昔の風景になる

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