オナニーラボまえばしについて

第一章 ホームシック


実家の部屋


 2024年9月14日。朝焼けが眩しい6時半に、荷物でいっぱいになったSUVと共に名古屋を出た。5時間かけて群馬県前橋市に到着し、新居の鍵を受け取る。実は不動産会社のミスで、自分が契約した物件の状態が書類上の記載と異なることが判明し、直前に一切内見などはせずに賃貸を契約していた。そのため、初めて見るアパートに来たことになる。
 とりあえず、駐車場の脇に停めて、指定されているスペースを探してみる。が、見つからない。なんと、存在しない枠が駐車場として指定されているのだ。その見えない枠に沿って、自動車教習所以来の縦列駐車でなんとか駐車した。
  名古屋から運び込んだ荷物を次々と詰め込む。
  一人暮らしにしては過剰に部屋数が多いのは、自分の希望だった。
 何も無い部屋は、いやに音が響く。自分の立てる音が張りたてのクロスに反射して、孤独の輪郭をより確実なものにする。どう考えても名古屋の実家のほうが狭いはずなのに、自分以外の空間が、何かで埋まっている感覚がした。
 しばらくして、ガスの開栓のために業者が来る。「一人暮らしですか」「そうです」「どこから?」「名古屋です」「珍しい」。
 そんな他愛も無い他人とのコミュニケーションに、少し安堵したのち、また一人に戻る。パソコンはセットアップした。昔から自分がやっている、PCを床に直で置くスタイル。親父がやっていたものが、そのまま俺に遺伝したやり方だ。だから、家具なんてしばらくは必要なさそうだった。
 とにかく、不安だった。小学4年生のころ、校外学習で中津川の合宿所に行ったことがあった。ずっとずっとお母さんに会いたくて、楽しいバーベキューの時間も、ふと我に帰ると、すぐに孤独に襲われたことを思い出した。反抗期真っ盛りの友達は、「親とかうぜーよ」と言っていて、何かその姿勢が、頼もしく感じたりもした。
 俺は、夢中になっているときは、そのデメリットに気付かない。気付かないまま、いつの間にかとても大きな決断をしているときがある。それが自分の良いところでもあり、悪いところでもあるような気がする。
 当時は、とにかく逃げたかった。つまらない職場から、その責任から、うまく行かない実家での生活から、ギクシャクしていた自分のバンドから。縁もゆかりもない土地に来れば、何かがうまくいくはずだと漠然と思っていた。一人の友人を除いて、この土地に俺を知っている人間など居なかった。
 そんな環境になって初めて、家族のことばかり考えていたのだった。
 今は群馬に来て良かったと思うが、24年間親に甘えた暮らしをしてきた男には、一人暮らし最初の夜は、相当に堪えた。
 「自分の生活習慣すらロクに管理できない人間が一人で生活できるのか」「名古屋から来たよそ者はいじめられるかも」「新しい職場で馴染めなかったらどうしよう」そんな不安が、頭を駆け巡った。

第二章 オナニーラボまえばし


 次の日。市役所に行って用事を済ませた俺は、帰りにアダルトショップに寄った。一人暮らしになって、一番やりたかったこと。オナニーだ。
 このとき前職で貯めた貯金があったので、高いオナホールやローションなど、気になるアダルトグッズを全て購入した。普段はほとんど店員と目線を合わせない俺は、アダルトショップでは堂々と店員の目を見て話す。一人暮らしの男は、一晩の痛みを超えて、確実に強くなっていた。
 あとは、そんな散財もすれば、少しは気も晴れるだろうと思ったからだ。
 帰って、早速試してみる。

「だめだ。俺勃起不全だったわ。」
 家具の殆ど無い部屋に、男の独り言が響く。
 
 男は、勃起不全だった。
 奇妙なオナニーでロクに機能しなくなった男の陰茎は、オナホールでの射精を未だに経験したことが無かった。オナホールで射精することは、彼にとっての悲願だった。
 オナニーを、研究する必要があった。だから一人暮らしをした。その本望を、今、思い出したのだ。
 「ここを、『オナニーラボまえばし』とする。」
 と、つぶやいたが定かではない。が、そういうことになった。

 そんな中、ある筋から、一つの情報が入ってきた。「腰ぐらいの位置にオナホールを固定して突くと気持ちいい」。
 ほう、やってみるか。
 前述の通り、俺の部屋には家具がほとんど無かった。そんなとき、あることを思い出す。俺は身長がそれなりにあるため、台所のシンクで股間あたりにちょうど高さが来る。
 ひらめいた。
 アイデアを思いついた瞬間俺は全裸になり、台所でオナホールにローションを注入する。もちろん、お気に入りの同人音声だって、スピーカーで流してやった。
 ヌルヌルでぶよぶよしたそれを、台所のシンクに片手で押さえつけ、挿入する。まさに、位置がジャストだった。まるで、シンクがそのために存在するかのようだった。

 その瞬間、この部屋に渦巻いた閉塞感は消えていった。
 俺は、自由なんだ。
 これが、俺の一人暮らしなんだ。

 オナニーラボまえばしの歴史は、今ここに始まった。

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