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Kindle からの気付き

今回は、電子書籍の例を参考に、デジタルがもたらす市場構造の変革を考えてみたい。紙の本が電子化された、という次元の話ではなく、そこでどのような構造変革が起こったのか、を整理する。もちろん、主テーマは「匿名」から「顕名」への変化である。

Amazon Kindle

あるとき、興味深いことに気がついた。Amazonが提供する電子書籍アプリKindleを使うと、自宅では大きな画面のタブレットで読書をしていて、通勤中は小さなスマホで続きを読めることを発見した (ぉぃ... 知らんかったんかい!笑)。

異なる端末で続きが読める。ということは、Amazonは、私がどの本を何ページまで読んでいるかを知っている、ということである。ほー。なかなか興味深い。

さて、これは何を意味するのだろうか。

考えてみると、Amazon はいろいろな情報に触れる機会がある。検索窓に入れた文字列は私が探している本のタイトルや興味を持っているキーワードを表わす。そこで、どんな本を見つけたか、どの本に興味をもって (クリックしたか)、どの本に興味を持たなかったか (クリックしなかったか) も簡単に分かる。今、本棚がどうなっていて、どの本を何ページまで読んだかも、さらには、ある本は3回も読んだ、とか、この本は一晩で全部読み終わったとか、あの本は途中で寝落ちしてるとかも分かってしまう。私が、どれだけ「積読」が多いかもバレている、ということだ (爆)

体験のデジタル化

電子書籍がもたらした変革は、本の媒体が紙から電子デバイスに変わった、という次元の話ではないことは容易に理解できる。むしろ、利用者の読書に関わる「体験」全体がデジタル化されている、と表現するほうが自然かもしれない。

Kindleがデジタル化する体験は、個客一人ひとりに紐づくものである。誰が、どのような読書体験をしていて、知識レベルはどの程度で、今、どんな領域に興味を持っていて、過去に読んだ本のリストを参考にすると、次にどんな本を読むと知的体験を広げられるか、などを、一人ひとりにあわせて考えてくれる (もちろん「AIが」であるが、笑)。

これが顕名個客を対象にサービスであることは容易に理解できる。「一人ひとりに特別な体験を提供する」ことがその特徴だと考えれば、Amazonがオススメしてくれる本に、妙に惹かれるものが多いのも納得する。

街の書店と匿名取引

街中の書店は「匿名取引」を前提としている。お店がオススメしてくれる本は、市場で「売れている」本のことが多い。お客様が誰かも、お客様がどんな内容に興味を持っているかも知らず、あるいは、お客様がその本を購入済みかどうかも分からない。マスを対象とする市場の様子を参考にするしかない、のも頷ける。

匿名取引を前提とする匿名市場では売上や利益を重視する。書店の例でいうと、市場でどんな本が売れていて、そのお店では何冊の本が売れたかが大事であり、誰がその本を買ったか、は重要ではない。

顕名取引と個客価値

個客一人ひとりにあわせた「顕名のオススメ (リコメンド)」は、自分の読書体験を豊かにしてくれる。お店の事情に基づく「匿名のオススメ」とは次元が違う。リコメンドアルゴリズムは複雑で多岐にわたるため、その仕組を簡単に説明できるものではないが、「顕名のオススメ」が、一人ひとりにあわせた最適化を目指していることは容易に想像できる。

顕名取引では個客価値の創造が重要な意味を持つ。体験のデジタル化を通して個客一人ひとりにより良い体験を提供することで、匿名では得られなかった価値を生み出すことが、顕名時代の競争力の源泉である。

顕名時代のデジタル戦略とは

デジタルテクノロジーは顕名経済を強く後押しする。技術の発展と浸透で、様々な情報を集めることが可能になった。それを処理するコンピューティングパワーも手に入った。大量の情報から個客価値を判断するためのロジックもできつつある。テクノロジーの深化が顕名経済を推進しているのは間違いない。

一方、顕名市場では、企業の戦略も大きく見直す必要がある。売上や利益は「モノとカネ」を交換を前提とする匿名取引の時代の指標である。顕名市場でも、もちろん、数値目標も重要であるが、同時に or それ以上に、個客価値を理解し、個客価値を向上させることがロイヤルティを高め、競争力を得る源泉になる。企業のデジタル戦略は、経済モデルの変革を前提にすべきであるが、ま、このあたりはまた次の機会にでも (笑)

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