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文章をかくフェーズに合わせてちがうテキストエディタをつかう

結城浩さんが VS Code をテキストエディタとして使いはじめたときの記事が、おもしろかった。ちょうど1年くらい前のメルマガの記事。

UlyssesからVisual Studio Codeへ移行

とくにおもしろいと思ったのは、結城さんが2種類のエディタをつかい分けて文章をかいている点。

ひとつめのエディタは、思いついた文章の断片をたくさんかきためるためのエディタ。結城さんはそれを2つの機能に分け「文章のストック」と「ざくざく入力」と呼んでいる。

印象的な「ざくざく入力」ということばについては、以下のように説明されている。

「ざくざく入力」というのはずいぶん感覚的な表現ですね。そもそも、結城が文章を書くときには最初から精密に言葉を積み重ねていくわけではありません。まずは自分の頭に浮かんだ文章をどんどんテキストに落としていきます。そのときの状況を表現するのにぴったりなのが「ざくざく」という表現なのです。真珠を積むのではなく、金平糖をかき集めるみたいなイメージです。

結城さんは、それまで Ulysses を使っていたが、いくつかの理由で VS Code へ移行することを決めた。

ふたつめのエディタは、かき溜めた断片を編集するためのエディタ。結城さんは「じっくり編集」するためのエディタと呼び、Vim を使っている。

「ざくざく入力」しストックした文章断片は、たぶんたとえばツイッターくらいの量の文章。これをそれぞれテキストファイルにし、そこからいくつかの断片を選んで一か所に集め、ゆっくり編集する、という作業だろうか。

文章をかくというプロセスを、大きくふたつのフェーズ、(1 )文章断片を高速で生みだしストックするプロセスと、(2) 断片をていねいに編集するプロセスに分けている。そしてそれぞれのフェーズで、ちがう UI や機能をもつテキストエディタをつかう、というスタイルをとっている。

結城さんの作品をよんでいると、ある問いやその答えの案がとても分かりやすいカタチで解説されているだけでなく、視点の新しさと説得力にドキドキすることが多い。

そうしたひとつ階層を上がった視点からの文章が生まれるプロセスとして、このスタイルが役立っているのかなと考えたりした。

UNIX という考え方』の「ひとつのプログラムにはひとつのことをうまくやらせる」という考え方も思いだした。

ぼくがこれから掘り下げたいのは、かきためた文章断片をどう選び、どう配置し、どうリライトするか、その具体的な手順。そしてこのプロセスが、文章作品をつくる作業、かきながら考える作業でどんな役割を担っているのか、という点だろうか。


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