劇薬

ネット上でおススメされていた『第三のギデオン』を読んだ。
全八巻を一気に読んでしまった。親子間の葛藤を未だに持ち越している己にとって『早寝早起き』の信条など吹き飛ばすほどの突き刺さるテーマだった。

私は親に愛されてはこなかった。残念ながらそれが現実だ。父は私の出生よりも仕事を優先したし、その姿勢は現在もなお一貫している。母は怒りが頂点に達すると未就学児に土下座を要求し、服をはいで戸外へ追い出し、子どもが力をつけて腕力で抑え込むことができなくなれば包丁を振り回しながら『死んでやる~!!!!』と叫ぶ狂人だった。


それでも『子にとっては親は親』なのだ。そんな親でも愛してくれている、と信じ込みたい、信じさせて、と与えられもしない愛情にすがりついてきた。その結果として閉鎖病棟へ4度も入院を繰り返した。一般的には青春とされる20代のほぼすべては閉鎖病棟の入院で終わっていった。入院をするたびに打ちのめされたことは覚えている。『どうして私は人間になれないんだろう、人が恋しいのに人が怖いなんて訳の分からないことを言ってしまうんだろう』そういつも自問自答していた。


私は父が好きだった。一生懸命仕事をして、博識で、進歩的な父が好きだった。だから、私も大人になったら父のようにたくさん働いて様々な知識を身につけてそれを武器として己の人生を切り拓いていきたかった。ただ結果は惨憺たるものだ。一浪してようやく入った三流私立大学は除籍。正社員で働いたことはただ一度たりともない。持ってる資格は簿記三級、秘書検定二級という体たらく。岩波文庫さえ読む力がない。交通費支給、ボーナスなんて私にとっては都市伝説だ。そのうえ家庭運営も失敗し、元夫には殴られなじられ不貞までされた。子どもをどう育てて良いのかもわからない。


上記に挙げた無様な状況はすべて私が引き起こしたことだ。本当は両親のせいだと声を大にして責任転嫁をしたいが、そうじゃない。私が不幸になることを選択したのだ。


私は今年で39歳になる。『そんな過去のこともう忘れてしまえば良い』今までも言われてきた。実の兄にさえ『いつまで引きずってんの?』と呆れ顔で指導を受けた。そうだと思う。簡単な答えはいつだって目の前に転がっていたのだ。最初から両親は私など愛していなかった、と。意識が暗転しそうなくらいに簡単な現実だ。私はいつまで『お父さん!お母さん!私を愛してるって言って!!!こんなにがんばってるんだよ!!!!良い子でしょう!?!?だから好きって言ってよ!!!!!!』と何も応えてくれない人形にすがりつこうとしているのだろう。


親子の確執は古今東西繰り返され続けている手あかのついたテーマではある。そのテーマが過去から現在においても人の胸を打つのは少なからぬ数の人々が親の愛を求めて彷徨う愛情餓鬼だからかもしれない。ギデオンは己の幻想を打ち砕かれて復讐にまい進したが、その一方で世界に絶望しながらも世界に一抹の希望を見出そうとしていた。世界は美しさのみで構成などされていない。美しい中にも地獄があり、地獄の中にも美しさがある。その矛盾を抱えながらそれでもこの地獄を生ききってやることが私に課せられた罪なのだろう。じゃあ受けてたってやろうじゃない。バッチコーイ!


※水たまりにできる油みたいなのきれいだなぁ、っていつも思ってます😊✨

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