9/27 〇6-4 最高の捕手。最高の熱狂を、ありがとう慎之助。
(今日は試合の全体の感想省きます。)
もうあの秋から10年が経とうとしています。
亀井が打った。谷が初球凡退した。
Septemberが流れる。
「絶対にサヨナラホームランを打つ」と信じた4万超の大声援が、彼に送られる。
ドームの屋根が音圧で破れるような、凄まじい
「慎之助!慎之助!」
の大合唱。
2球目だった。
一閃、背番号10がバットを振り抜く。
カクテル光線を独り占めした打球は、神々しさすら滲み出る"白い球"となり、一直線に歓喜のライトスタンドへ突き刺さる。
怒号、鬨の声、咆哮、どれも当てはまらないような4万人の大絶叫がドームに乱反射し、いつしかまた、
「慎之助!!慎之助!!」
と英雄の名を叫び称える声援がドームにこだました。
まるで、スローモーションのような瞬間でした。
僕が死ぬ瞬間まで間違いなく覚えているであろう、2009年日本シリーズの阿部のサヨナラホームランのシーンです。
あの時もレフトから見てたんです。
苦しい展開、李・鈴木・大道、3人のスペシャリストが切り開いて得た虎の子の1点。
直後の9回に信二に勝ち越し弾を浴び、万事休すかと思いきや亀井の起死回生同点ホームラン。
そして迎える阿部の打席。
全部、頭に焼き付いています。
あのSeptemberの声量、慎之助コールの凄まじい響き、早く打球が入ってほしいと見入るあまり、スローモーションのように見えた弾丸ライナー。
そして巻き起こった天地をひっくり返すような大歓声。
隣の知らないお兄ちゃんと抱き合って、2人でそのまま号泣してたのを思い出します。
あの打球、あの感動、あの熱狂。
自分が今まで体験した全てを上回る、圧倒的な異空間でした。
僕が野球観戦を未だに続けている理由は、あの熱狂に再び遭遇したいから、に他なりません。
それほどの衝撃を受けた、凄まじい試合でした。
今日のホームラン、またレフトからライトスタンドに突き刺さる阿部のホームランが見れました。
あの時と同じように、けれど時代の流れを示すようにLEDライトにピカピカに照らされた打球が、美しくライトスタンドへ放り込まれました。
いつでも、いつまでも、阿部慎之助は最高のヒーローです。
2009年のあの景色を追いかけていたら、もう10年も経ってしまいました。
時間が流れるのは早いです。
僕も中学を卒業し、高校も大学も色々ありつつ卒業しました。
そりゃ、10年前のあの熱狂のど真ん中、阿部慎之助が現役を辞めたって、何もおかしいことはないんです。色々ありました。
けれど、未だに現実味が湧きません。
物心ついて最初に覚えた選手が阿部慎之助でした。
小学生の頃、汚くて拙い字でファンレターを書いたら、サイン色紙を送ってきてくれたのも阿部慎之助でした。
ジャイアンツ球場で貰った唯一の選手使用バットの持ち主は、阿部慎之助でした。
僕が知ってる巨人の捕手は、阿部慎之助でした。
そんな、あまりにも偉大であり、当たり前の日常を作ってくれていた名選手でした。
本当に色んな記憶が蘇ります。
事ある事に、常に阿部慎之助に心を満たしてもらいながら、ここまで生きてきました。
40号グラスラのとき、一緒に見に行った人達と肩を組んで喜んだのを思い出します。
きっと、巨人ファンそれぞれの中に、それぞれの阿部慎之助がいて、また助けられたり勇気づけられたりしてきたんでしょう。
神様のような存在です。
セレモニーイベントは、不思議と湿っぽくはならなかったですよね。
まだ戦いが続くことを皆知っています。
それに今日の勝利後の挨拶の際に、原が阿部を呼び寄せ、自分の隣に立たせて挨拶させましたよね。あれは、なかなか意図を感じる演出でした。
肩を組んでスタンドを見つめながら、何らか阿部に語りかけていましたが、きっとおそらく、そういうことなんでしょう。
まだまだ巨人軍と阿部慎之助の2019シーズンは続きます。
超えるべき山が、まだ残っています。
そしてその遥か行く先、阿部にはきっとさらに険しく大きい山が待ち構えているのでしょう。
最高の捕手、
最高のキャプテン、
きっと最高の巨人軍を作ってくれます。
そんな阿部に、今どうしても、一番見晴らしの良い場所で、もう一度伝えたい。
2019年の頂点から、さらに先の未来へ、常にエールを送り続けたいんです。
『ありがとう、信じてる、慎之助』と。
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