内燃機関は絶滅するのか~気候変動と航空宇宙~

自己紹介

この記事は東京大学航空宇宙工学科/専攻アドベントカレンダー(https://adventar.org/calendars/5407)に参加しています。

自分はこの学科でB4をやっています。とはいえ研究で飛行機や人工衛星を直接触っているわけではなく,そういう人工システムの状態監視をどうやるといいのかなーみたいなことをやっています。

なに書くの?

本当は航空宇宙工学科100周年を記念して,学科の来し方を調べようかと思ったのですが間に合いませんでした。7号館設計の取りまとめをした人のインタビューはしたので,いつかまとめて公開したいと思っています。3階廊下で大学紛争側の学生と戦った(誇張)話とかおもしろかったよ。

さて今回は,最近報道でよく耳にする気候変動対策のことを書こうと思います。

グレタさんのおかげ(?)もあってか,温室効果ガス(の中でも二酸化炭素)削減排出の動きが急に強まってきており,日本も2050年までに実質排出ゼロを宣言しました。
航空としては他人ごとではなくヤバい状況です。飛行機からの排出量が馬鹿にならないからというのもありますが,それ以上に弊学科は内燃機関のプロであり,自動車のエンジンやら火力発電のタービンやらとつながりが深いのです。火力発電のタービンというのは基本的に飛行機のジェットエンジンと同じものですし,自動車のエンジンもジェットエンジンの手前の基礎として一通り勉強します。産業界とのかかわりも深く,かつて「○産のエンジン部門は東大航空の学生で持ってる」なんて言われた時代さえあったと言います。

というわけでこの学科に属する者として,ガソリン自動車の将来や未来のエネルギーミックスがどうなるのかはものすごく大きな興味対象になります。

そんなこと言ったって,答えは電気自動車と水素社会だろ?

確かにそんな報道が多いようですが,調べてみるとそう簡単な話でもないようです。

自動車の将来予想

現在の日本のガソリン/ディーゼルエンジン(内燃機関)自動車の割合は6割越え。これが将来どうなるかと言えば,①電気自動車(EV),②水素燃料電池車(FCV),③プラグインハイブリッド車(PHV)・ハイブリッド車(HV),④進化した内燃機関,の組み合わせになるでしょう。
問題はどれが主流になるかです。EVを激推ししているのがアメリカ・テスラ社,対してFCV推しなのが我らが日本のトヨタや韓国のヒュンダイです。ドイツ勢についてはあとで触れます。

各種報道を眺めていると,これまでの大御所=トヨタと新規参入者=テスラがFCV対EVでしのぎを削っている気がします。イーロン・マスクは燃料電池を"Fool Cells"とバカにしたとも伝えられています。何となくトヨタを応援したいのでFCVがんばれーという気持ちで調べていってみましょう。

いくつかのところが将来推計を出しているので見てみましょう。まずは2019年,PwCの予想です(https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/automotive-insight/vol10.html)。

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2050年時点の世界の新車のうち,EVが12%,FCVが9%となっています。案外小さいですね。先進国に限ってもEV/FCVは半分程度に過ぎず,残りはPHVになっています。新興国ではむしろ(バイオ?)エタノール,LNG,水素などを燃やす進化型内燃機関が優勢のようです。EVとかは高いからね~~

続いてトヨタの予想です(https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/28416855.html)。2017年末と少し古いですが,更新版がそろそろ出るという噂です。

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PwCの時と違ってエンジン車がフェードアウトしていますが,先進国を対象にしたグラフなのかあるいはトヨタが”売りたいクルマ”を表しているのか。いずれにせよ,やはりHV/PHVが優勢のようです。

…ということで,EVとFCVの戦争を見るつもりだったのにダークホース・HV/PHVが勝つという予想になっていることが分かりました。

EVでもFCVでもなく

HV/PHVが残る場合,ガソリンスタンドも必要ですし二酸化炭素排出も(今より減るかもしれないけれど)ゼロにはできないことになります。

これでは気候変動対策が進まない!というわけではありません。HVやPHV,そして内燃機関に入れる燃料を環境にやさしいものにしてあげればよいのです。火力発電所なり空気中から回収するなりで二酸化炭素を持ってきて,それを再生可能エネルギー由来の水素で還元し,メタンあるいはより高級の炭化水素に変換します。これをガソリン代わりに使うわけです。

こういう再生燃料のことをe-fuelといいます。燃やしても,原料にした二酸化炭素が出るだけだから環境に悪くない(カーボンニュートラル)という理屈です。実はこれに目を付けているのがドイツ勢で,アウディ,ポルシェ,シーメンスといったそうそうたる企業が力を入れています。ポルシェとシーメンスはチリ南部に工場を作り,空気から濾過した二酸化炭素を再生可能エネルギー由来の水素で還元,輸出するプロジェクトを進めています(https://motor-fan.jp/tech/10017584)。

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(図:シーメンス社などによる風力発電によるe-fuel工場)

上に示したようなPHV,HV,内燃機関のうち,このe-fuel由来の燃料を使ったり,あるいは従来言われてきたバイオエタノールを利用したりという環境にやさしい炭素資源がどれくらい含まれることになるかは分かりません。ただ,EVやFCVを使わない環境にやさしいクルマもあるということを忘れないでおきたいと思います。

とはいえ,e-fuelには大きな課題もあります。e-fuelは従来の化石燃料よりも10倍ほど高く,このままでは商用化する環境が整っていません(環境関連の新技術っていっつもこの壁にぶち当たってますよね)。また,途中水素を経由してe-fuelを作成するため,その水素を使ってFCVとかに回した方が効率が良い(そして価格も安い)のでは?という至極もっともな指摘があり得ます。

これについては,①そもそもEUは巨大水素社会(後述)をつくり,あまったタダみたいな水素をe-fuel用に回すという青写真を描いているため価格面の課題は解決されるだろうという話があります。また,②EU域内の雇用の問題もあります。EU内の既存のエンジン工場とかの労働者を解雇しないで環境対策を進めるには,ガソリン/ディーゼルエンジンにe-fuelを入れられるようにするのが手っ取り早いというわけですね。EVのバッテリ―のシェアは日中韓3国でほとんどを占めているそうで,新産業への労働者の移転はそううまくはいかないとEUはみているようです。

EVとFCVなら?

なんだか話が内燃機関(あるいは内燃機関を一部残すハイブリッド系)の賛美に進みそうですが,EVやFCVの戦争ではどちらが生き残るのかを一応考えておこうと思います。それぞれのメリット・デメリットをまとめましょう。

EVのメリット
・ 走行中に二酸化炭素を排出しない
・ 充電所を設置するのが比較的楽
・ 車体構造を簡略化できる(結果,市場参入のハードルが下がる)

EVのデメリット
 充電に時間がかかる
・ 航続距離が小さい
・ バッテリーの製造時に大量の二酸化炭素を排出する
・ 使う電気が石炭火力由来とかだったらむしろ環境に悪い
FCVのメリット
・ 走行中に二酸化炭素を排出しない
・ 航続距離が大きい
・ 燃料充填時間が短い

FCVのデメリット
・ そもそも水素が高い
・ そもそも水素を作るのに化石燃料使ってたりする
・ 安全性規制のため,水素スタンドが致命的に少ない

こんな感じでしょうか。どれも良く言われたことですね。ただしEVについては,バッテリーの製造時に出る二酸化炭素は殆どが消費電力由来だということなので,走行に使う電力と合わせてそもそも発電所をエコにしてあげれば解決する話です。FCVの水素スタンドの方が致命的で,これはよく覚えていませんが安全性の規制緩和でなんとかしろ!といえるような代物ではなかった気がします。

…ということで個人的にはEVの方にやはり一日の長があるように思えます。トヨタごめん。でもトヨタもEV売るみたいだし大丈夫だよね。

トヨタは今後,FCVのトラック・バスなどの用途での需要を喚起するようです。確かに,トラックやバスの車両基地に水素スタンドを設置しておくのは難しい話ではないのかもしれません。トヨタがんばれ。

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(図:トヨタの燃料電池トラック)

あと,EVは普段使いで近くに行くために使い,FCVは遠距離・高速道路用という形ですみ分けがなされるという論もありました。なるほど?

エネルギーミックスの話

クルマの話が長くなってしまったのでエネルギーミックスについては軽く触れるにとどめようと思います。エネルギーミックスというのは,電力需要をどんな発電方法で賄うか?という話です。石炭火力とか,原子力とか,LNG火力とかの割合ですね。

これも気候変動に対応するなら再生可能エネルギー,中でも太陽光・風力を重視することになるでしょう。しかし太陽光・風力の大きな問題は,発電量に(晴れだったり雨だったり,風が吹いたり吹かなかったりと)大きな差があること。

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上の図にあるように,刻々と変わる電力需要に対して再生可能エネルギーだけでぴったり供給を合わせていくには不安定すぎることが問題視されています。

そこで必要なのが,「晴れたときにたくさん電気を作ってためておこう,足りない時にそこから流そう」(出力調整)というアイデアです。大量の蓄電池を用意するとかいうレベルでは全く足りないので,余った電気で水素を作っておこうという話が出ています。これが水素社会というやつですね。

上の方でも触れましたが,EU(正確には欧州委員会EC)は度肝を抜くような政策を出しています。なんと電力需要の85%を再生可能エネルギーにして,2050年時点で550GW(原発550基!)分の余剰電力による水素生成能力を得るということです。

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(図:EUの電力・水素循環のコンセプト。e-gasが左下にある)

これだけの巨大な水素生成・消費を行うなら,当然電力出力調整に使いきれない水素も出てくるでしょう。それをe-fuelに回してやればいいよね,という発想は自然であり,ドイツがe-fuelに乗り気なのもうなずける気がします。

水素ガスタービン

水素を作って出力調整しよう!というのは分かりやすい話ですが,じゃあ水素からどうやって電力を得るのかということになります。燃料電池は一つの解決策ですが,原発550基分の燃料電池を用意するのは簡単ではないでしょう(それだけの白金触媒って地球上にあるんだろうか)。

そこで出てくるのがガスタービンです!!水素を火力発電のタービンに入れて燃やしてあげればよいですね!

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水素燃焼のガスタービンについてはまだ技術が確立されていないということです。特に水素の燃焼速度が速すぎるためにバックファイアが起こったり,あるいはNOX発生の問題があったりということで燃焼器周りが難しいそうです。我らが川崎重工がこれについては世界トップを走っているようで,頼もしい限りです。

現状の効率は6割程度と十分の高効率です。実は燃料電池の効率も6割ほどということで,仮に水素ガスタービンの小型化が進めばFCVを駆逐して水素エンジン車が普及する可能性もあるといいます。夢のある話ですね。

おわりに

ということで,長くなりましたが気候変動対策によって何がどう変わるのかを見てきました。

気候変動対策を進めなければならないのは勿論です。その過程でEVやFCVなど,新しい技術が導入され,水素社会という世界が開けてくることはとてもワクワクします。一方で,従来の内燃機関がなくなってしまうならそれはそれで寂しいものがあります。でも「ほんとに内燃機関はなくなるのか…?」と思って調べ始めたのが今回の記事のモチベでした。

結果,「内燃機関は進化し発展し続ける」だろうと分かりました。ここまで見てきたようにe-fuel化されたHV/PHVは(おそらく)今後発展するので,レシプロエンジンが消えてなくなるわけではありません。また水素ガスタービンはこれからどんどん普及するでしょう。

航空機の脱炭素化についても,エアバスが水素飛行機を出すという話もあります。航空宇宙は気候変動対策に沿い,今後も新たな境地を開拓しつづけることでしょう。

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