見出し画像

特別なお願い

世界で何が起こっていても
ここ(職場のカフェ)ではここでの時間が流れている。
サービスのさの字も勉強していない私は何年経っても勉強する事満載である。

五つ星ホテルではなく街のカフェなので、求められるサービスもまた少し変わってくるのだが、基本は価格相応のサービスをしお客様に満足していただきたいのである。この、価格相応というのは語り出すと止まらないのでまた別の機会にするけれど、日本ではサービスに対する価格相場が崩れている気がする。軽く脱線するが、ピンはもちろん、キリの方まである程度すごい。
海外で暮らしてるとキリなんてお金払っている側なのに邪険にされるもんね。

さて私の働くカフェでのお客様方。
出勤ですかと思うほど毎日来てくれる方も多いのだが、みなさんご自分の好みがきっぱり決まってるのかコーヒーを頼む時も多種多様である。
砂糖は二つとかおまけのチョコを2つくれとか、水が一緒に欲しいとか(基本この国では日本のように喫茶店やレストランに座ると自動的にお冷が出てきません、念の為)ミルクコーヒーのミルクは冷たいのが良いとか液体のミルクは入れないでミルクの泡だけちょっと載せて欲しいだのコーヒー淹れる前にカップにサッカリン入れてとかうんぬんかんぬん、まあ毎日みなさんそんな感じでコーヒー飲みにいらっしゃるのだ。
まあサービス業やってる方だとわかってくださると思うけれど、これはごく普通のこと。

ある日の午後一人のマダムがデザートを食べにご来店。
デザートメニューを渡し、ご注文が決まったかな、という頃合いを見計らってテーブルに近づく。
マダムは真剣な顔をして私に言う。

「Dame Blanche(ダム・ブランシュ、直訳すると白い貴婦人)をお願いします」
Dame Blancheとはバニラアイスに熱いチョコレートソース、生クリームが添えられた迷ったらこれ頼んでおいたらハズレなし、みたいなデザートである。

「かしこまりました」
と私は笑顔で答える。何せスマイル0円の国から来てるからね。
見せてやろうぞ日本の底力、とか毎回そんな事は考えてないけど注文通しに行かないと、と振り返ると
「お願いがあるんだけど」
とマダム。
なんでしょう、と振り返った私に
「チョコソースと、生クリームはなしにして欲しいの」

「・・・・」

「・・・・・・」

「あの、それって」ただのバニラアイスですよね、ていうかむしろバニラアイスの注文通しちゃったほうがいいですよね、と言いかけた私に畳み掛けるマダム!

DAME BLANCHEが食べたいの

でもチョコソースと生クリームはなしにしてね、お願い

念押しされた!
私は口角を10度ほど上げたまま頭の中で大相談会である。
バニラアイスで注文を通すか。Dame Blancheとして通してチョコソース分と生クリーム分を引くか。どの道料金は同じである。
なんだかよくわからないけれどのっぴきならない事情でもあるのだろう。
意を決して注文票入力。
Dame Blanche、チョコソース、クリームなし。

「R子おぉぉぉ」

打った瞬間厨房から聞こえるキッチンシェフの声。

「お前はアホなのかぁぁそれともバカなのかぁぁ」

キッチンとは往々にして戦場と化す場なので、料理人は大体声がデカくて荒ぶっているタイプが多い、偏見だけど。あと割と言葉も悪い、偏見だけど。

お客様の要望なんですよ、と説明する私に平たい目を向けたキッチンシェフは、家政婦は見た、さながら厨房のドアからこっそり客席を盗み見る。
でもってため息をつくと注文をデザート担当に回した。


バニラアイスならぬダム・ブランシュを食べ終わったお客様は大変満足げに伝票もチェック。そして帰っていった。









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?