民く、デヴィッド・クレーバー著『民主主義の非西洋起源について ―「あいだ」の空間の民主主義』(片岡大右訳、以文社、2020年)のpp.56-57より。 「ローマ共和国の理想が合衆国の国制のなかで顕揚されているけれども、体制設計者たちは完全に自覚的に、ローマの『混合体制』―君主制、貴族制、民主制の諸要素のあいだで均衡をとった―を模倣しちようと努めていた 。ジョン・アダムズがよい例だ。彼は『憲法擁護』(一七九七年)において、真に平等な社会など存在したためしがなく、歴史上知られた
や、大した話ではない。 「言ってみれば、多数派民主主義が発生しうるのは以下の二つの条件が同時に満たされた場合なのだ。 一、人びとが集団的意思決定に際して平等な発言権を持つべきだという感覚の存在、そして 二、決定事項を実行に移すことができる強制力を持った装置の存在」 (デヴィッド・クレーバー著『民主主義の非西洋起源について ―「あいだ」の空間の民主主義』片岡大右訳、以文社、2020年 p.46) クレーバー曰く、上記の一を満たす共同体はいくつもあったが、そのような共
以下ただのメモ。今後も推敲、書き足しする。 日本の農産物が国際競争力を持ち得る状況になるのは、私も望ましいと考える。 他方、農業に関わる日本の法体系がガラパゴスである、というよくある論調に関して言うと、国からの補助が「少ない」という点でガラパゴスであるという見方もできる。 確かにOECDが発表する「農業保護率」のランキングにおいて日本は上位だが、農業保護率というのは農業収入に占める関税・補助金の割合を指す。日本の場合、ここに占める関税の割合は8割近いようだ。つまりそれは
生きとし生け彦