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チェロの深い音






1、

肥料袋が
日を浴びている休耕地
目の詰まった麻布を
砂地と見ちがえた蝶が
飛びあぐねたまま雲は過ぎ

菜の花の花粉を
集めて回る音
ひと気のない路地裏には
魚の血を洗う匂いが
少しした

休診の整体院の
庭で眠る猫
聴診ではきこえない
場所にある心
骨が曲がっている気がするのに
確かめるレントゲンは
晴れた原野に置いてきた

心と体を
ときどき逆にする
それで治る病気もある



いい天気ですねと
警官が言った
わたしを怖がらせないように
優しい声で座った

土に返す
ことのできない言い訳が
生物濃縮して
口内にはこんなにも美しく
こんなにも強い
白い石をたくわえる

君が笑うたび
見え隠れする誕生日
川床で見つけた
桃色の木漏れ日
君が生きていると
そのような
嬉しさがまぶたを温かくする




2、

秘密をすべて伝え切って
死ねる人はいないから
自分ばかりを
手渡そうとするけど
わたしのことを知りたがって
君は口を噤んで
話の続きを待っていた

冬のように静かだと
わたしが思うチェロの音は
春のようににぎやかだと
君はかたくなに言い張った
たぶん秘密を隠したまま
そんなふうに君も
ちゃんと君のことが好きだった

穏やかな河の上流を
どちらか決めてみる風
それとなく答えを
教える笹舟

この広い宇宙の
昼と呼べる面積の狭さで
あってもなくてもいい時間を
笑って過ごそうね




3、

水をこわがる
海の影
聞こえたよ
チェロの深い音

いろんな気持ちを
秘密にして死んでいく
いろんな書きかけの歌詞を
秘密にして燃やして
来年も
春は来ると仮定して
いろんなプレゼントを
深く埋めてく忘れてく



形は信じるためにある
そこに見えないものがあることを

生まれたことを言い訳にして
この世界へ
本当は会いに来ただけだった
花を見るのを言い訳にして
集まってきた人々のように
小さなレジャーシートの上
ひとつかふたつ手土産をもって
帰りの電車で
読むための詩集を一冊渡して

信じるために体はある
そこに心があることを
何も知らない
菜の花の海にまぎれて

信じてくれてありがとう
君が信じてくれたとき
わたしははじめてここにいた



水を愛した
海の影
振り返るにはまだ近い船

見えるものが青くて
見えないものまでも青くて
今日
やっとわたしにも
それが春のように聞こえた








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