第4話 自分の意志で

実は前年、富岡先生は昼休みには
有志男声合唱団の練習を、
一方で放課後には少人数の女子だけから成る合唱部の練習を音楽室で行っていた。

富岡先生は、「ウチの学校には同好会がなくて、
部としての認定基準も甘いから、合唱部と名乗ってはいるけど、レベルは合唱同好会だよね…」
と言っていた気がする。




M部長:「3人とも、隠れて聞き耳たてるようなことしてごめんなさい。でも、折り入ってお願いがあるの!これは私の、いや、私たち6人のワガママなんだけど、
Nコンにどうしても出たいの!!!」




先輩一同「お願いします、合唱部に入部して下さい!」




NコンとはNHK全国音楽コンクール(中学校の部)のこと。
「私たちは合唱が大好きなんだけど、実力不足を
痛感してて…。人数的にも他校と比べてインパクトに欠けるし…。」
「でも、富岡先生いつか言っていたの。スゴい後輩
が一人いるって。
それに、スカウトするなら、する側もきちんと一度
この耳で聞いてからじゃないと無責任だとも思ったし、出場したところで、結局私たちの実力が全体で低かったら勝ち上がることもできない訳だけど…」
「でも、部屋越しに聞いてたけど、あんなに響くなんてホントにスゴかった!ホントに3人だけで歌ってたんだよね?」

聞くと現中3の女子たちの、さらに先輩にあたる代(=つまり有志男声合唱団の代)の女子先輩部員が3月まで在籍していて、
「出たかったね、Nコン。」
としきりに言っていたそうなのだ。

M部長:「私は先輩の代の夢を受けついで、
全国レベルに通用する合唱を作ってみたいの!
それに私だって、歌が大好きで、自分たちに
どこまでできるか挑戦してみたい!
君たちには唐突に感じるかもしれないし、
嫌だっていうなら止める権利も無いんだけど…」

富岡先生:「3人とも、
先輩達はこう言っているが、
やるならあくまで各々の意志で入部を決めて欲しい。
授業や有志の合唱は楽しさを重視してきたけど、
Nコンを目指す合唱部の練習となればときには楽しくないこともある。
朝練だってやるし、声が出ないのに声を出す練習
だってする。腹筋も背筋も鍛える。
もう甘い世界ではない。
一度、きちんと考えてくれるか?」

M部長:「ん?待って?有志?有志って去年の中3
の合唱団ですよ?でも彼は今中2ですよね?」

富岡先生:「ああ、実は俺が彼を有志へスカウト
したんだよ」

一同:「えーーーー!!!!」

AくんYくん:「お前、あの有志の中にいたのか?
あのカッケー去年の3年の先輩たちの中に!?
合唱コンクールのときの発表スゴかったよな?
あ、でもそういえば去年の合唱コンクール後の
時期からお前よく昼休みに姿を消してたような…」

M部長:「去年の有志の先輩達の声、Nコンに出たらスゴいんじゃないかって思ってたの!
キミってあの中で通用するレベルだったんだ…」

富岡先生:「合唱部のみんなはかねてからNコンに出たいって言ってはいたけど、このままの合唱部ではNコンに通用する仕上がりにならない。
そこに奇しくも中1の歌のテストで彼の歌声を聴いて…有志の先輩達の中に混ざって歌ってくれれば経験も積めてさらに成長してくれると思ったんだ。
もし、Nコンで結果を出すとすれば、現状の可能性では彼を軸に進めるしか策がない。」

富岡先生:「でも、覚悟までは強制出来ない。最後は自分の意志で決めるんだ。部活として本気で合唱に向き合うか、今までと同じように有志として楽しく歌っていくのか。どうする…?」


私に、迷いは無かった。


私:「先輩、俺、出ますよ、Nコン。俺も、有志の先輩達の合唱が俺の中に生きてるって証明したい。
俺もやってみたいです。
それに先生。多分俺、歌のためのどんな努力も、
苦痛だなんてきっと思わないです。
有志に入ってから今日まで、楽しかったことしか
無かったから。だから、俺は合唱部に入部します!」

女子の先輩達:「ありがとう!
こんな感じのメンバーだけど、これから宜しくね!」


「あ、でも…」
「何か問題でもあるの?」
「あの俺たち、囲碁部なんですけど…」


女子の先輩達:「えーーーーーっ!!!!」

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