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いのち。

今日は、川魚食べたくて清流の気持ち良い河原で釣りをしました。
鮎の塩焼き美味しかった✨✨✨

いのちをいただくということ。


改めて
日々の暮らしを丁寧にすることは
このセカイへの感謝だなと思ったり。

自分自身を生きるということは
常におかげさまで
生かされているんだよなと思ったり。

私が私を生きるという事は、
このいのちの裏側にある
全てに光をあてることでもあるのだろうと
そんなことを思ったりもするのでした。

そして帰り道( ´-` )

カーブの連続の山道を
対向車がすごいスピードですれ違い

その先のカーブを曲がると
1匹のお猿さんがじっと座っていました。
カーブの先だったから一瞬びっくりしました。

その次の瞬間、数メートル先に
赤ちゃんのお猿から真っ赤な血が流れて
動かなくなっていました。

さっきのお猿はお母さんだ。。。

カーブの連続の山道とまることも出来なくて
せめて端っこに連れてきてあげたかったけれど
何も出来なくて、、、悲

山の中で鹿や動物が事故にあってなくなっているのを見るとふと思うのが、

私たち人間が自然界に道路を通して
車でビュンビュン行き交って
動物はアスファルトで分断された山を
今までのように暮らしているだけなのに

なんだか申し訳ない気持ちになってしまったりします。



何がいいとか何が悪いとかではなくて

丁寧さとか優しさとか
見えないところに思いを馳せるとか
意識をめぐらすとか

そーゆうことをひとりひとりが
もう少しずつできていったら

私を含めて

そう思います。

意識が具現化していく時代に益々突入していく今

私たちが生きる世界はますます私たち一人一人の意識が反映されていくセカイになるでしょう。

だから
在り方が大事になるのだと思います。

ずっと先の100年先のもっとさらに先のいのちが
健やかでありますように。

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