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職業訓練校を“自主退校”した話

いつも私のnote記事にスキしてくださる皆様、本当にありがとうございます。
今回は…ネガティブな内容になりますが、有料記事に指定するほどではないので無料のまま公開します。読んだ方々にとっては…中には呆れてしまう人がいらっしゃるかもしれませんが、読んでいただけると嬉しいです。

本題に入る前に…
今月(7月21日)、私は27歳になりました。パニック発作や精神障害が不安定な状態ですが一生懸命生きています。これからもよろしくお願いします。

職業訓練校の入校式で感じたこと

自主退校した経緯を書く前に入校式で感じたことを書いてみます。
入校式の朝はすごく緊張していて胃が痛かったです。そしてストレスが原因の便秘と腹痛に苦しんでいました。
たくさんの不安を抱えながら私は訓練校に向かいました。この日は路面電車で向かいました。(私が住んでいる岡山は路面電車がよく使われています。個人的にはバスより好きです。酔わないので😅)
前日に場所を下見していたおかげで迷子にならずに到着することができました。
到着した後、提出しなければいけない書類を提出して入校式が始まるまで座って待っていました。待っている間は少し周りを観察していました。
幅広い年齢層の人たちがいました。私と年齢が近い人たちもいました。
知らない人たちに囲まれていた…それだけで私はストレスを感じてパニックになりました。不安でいっぱいでした。

入校式が始まると、講師の方々と訓練校を催す会社の代表の人がそれぞれ挨拶の言葉を述べました。…私は正直いって代表の人に対して良い印象を抱きませんでした。
偉そうで「就職できない人たちは、その本人たちに問題がある」という考えを持っていらっしゃるからです。それに入校式全体の印象は思っていたのと違っていて、私は真面目な感じと思っていたのですが、その時の入校式は“宗教、詐欺師が開催するセミナー”という感じでした。
「私…騙されてここにいるのかな?」と思ってしまうぐらい入校式…というか訓練校は異質な感じでした。

入校式の後

入校式が終わった後、オリエンテーションのような授業がありました。
講師の方が画用紙とクレヨンを人数分取り出して「自分を紹介するためのものを自由に描いてください。」という内容の指示を全員に出しました。
「えっ…幼稚園じゃん。」と内心思いましたが「こうすればいいのかな」と配られたクレヨンを使って描きました。(画用紙1枚に自分の好きなものを集約して描きました。)
それぞれが描き終わった後に講師の方が「では今皆さんに描いてもらったものを見せながら自己紹介をしてください。」と言いました。「いよいよ幼稚園じゃん。」と思いました。とても成人を超えた大人たちに教える内容だと思えなかったからです。
全員がそれぞれ自己紹介をしました。私もその通りにしましたが、これが何のどこの何になるのかが分からなくて意味を見出せませんでした。

次に講師の方が名札サイズの用紙と名札用のケースを人数分取り出してマーカーペンも用意しました。
講師の方は「名札に皆さんが呼ばれたい名前を書いてください。」と言いながら用紙とケースとペンを配りました。自己紹介の時点でかなりのストレスを感じているのに…呼ばれたい名前?となってやっぱり騙されてるのかなと思ってしまいました。
緊張しすぎもあって少しイライラしながら名札に呼ばれたい名前を書きました。やっていける自信も無くしました。

自宅に帰った後、グッタリした状態でシャワーを浴びる準備をしたり色々しました。コンサルタント会社が主催している職業訓練だったから、その…気に食わないじゃないですけど「とにかく嫌だな」と感じていました。

“問題の”次の日(自主退校した日)

…自主退校した日について書きます。
この日の私は朝から凄く調子が悪く(慢性的な便秘による腹痛、頭痛、胃痛、吐き気、大汗をかいたことが原因の汗疹)、精神的にも良くない状態でした。
体も心も調子が悪くて憂鬱な気持ちを抱えながら訓練校に向かいました。

この日の授業は“面接と就職活動に関する内容”のものでした。
私は他の人と一緒にメモをとりながら授業を受けていましたが…気がつくとどういうわけか涙が出ていました。
「どうしよう」と焦ってどうにか涙を止めようとしましたが、授業が終わるまでの間に止めることはできませんでした。(鼻水も一緒に出てきて止めることができずに鼻水のせいで窒息しかけていました。)
涙が止まらなくなった理由は多分…私が“面接”や“就職活動”に関して“大きなトラウマ”を抱えているからです。何で泣いているかの自覚がその時にすぐできなかったのは、その大きなトラウマを授業を聞いたことが原因で呼び起こしてしまったからです。
授業が一区切りついて休憩に入った後、私は教室を出て訓練校(を主催する会社)の事務所に行きました。(職員室的なポジションで教室と同じフロアにあった。)
ノックをして入ると1人の女性職員の方に出迎えられて、泣いていたから心配されました。「落ち着くまで別の部屋に行こう。」と促されて私は泣きながらその女性職員の方について行きました。

別の部屋に着くと職員の方が冷房をつけてくださり「少しでもいいから話してほしい。」と優しく言ってくださりました。今まで優しい人と滅多に巡り会うことが出来ていなかった私はその人にそう言ってもらえただけで更に涙が止まりませんでした。
ティッシュを貰って涙を拭きながら職員の方に、どうして授業中に涙が止まらなかったのか、何が嫌だったのか、訓練校に来る前の自分の状態などを少しずつ話しました。
職員の方は親身になって私の話を聞いてくれました。
面接や就職活動に関しての授業はこの先の受講終了までありました。その度に泣き出していたら授業の邪魔になってしまうし、泣いてしまうという状態が“授業の邪魔をしている”と判断されて退校処分にされると考えました。
私は職員の方に話しながら「もう退校した方がいい…」と考えて、嗚咽を吐きながらその人に退校する旨を伝えました。職員の方に引き止められはしましたが、考えを変えずに断固として退校することを何度も伝えました。
…私はこの日のうちに職業訓練校に“退校届”を出しました。

何かがあってちょっとずつ精神状態が悪くなって退校する結果になったではなく、1日で一気に精神状態を悪くして退校するしかなくなった…というのが今回の職業訓練校に関する私の人生の中の“騒動”です。

今後どうする?

訓練校を辞めるときは母と少し揉めました。母から「今辞めたら今までと変わらないよ。」と暴言を言われて…泣いてキレるしかできませんでした。(これは個人的な考えなのですが、“できないことをできるまで練習させたりするのは虐待”だと考えています。)
何度も何度も母に自分の意見や思うこと、本当に訓練校を辞めたいということを伝えてどうにか退校の手続きをしました。(自分の左手首を切ってどれぐらいの覚悟を持っているかも伝えました。)
今後は色々なところの手続きをしなければなりません。(受講給付金が支払われる予定でしたが、給付前に自主退校したのでどうなるのか分かりません。)
不採用と圧迫面接しか受けてこなかったので…もう人生を諦めようとしています。
諦めずに求人を探して応募していますが、書類選考で落とされたりしています。(応募先企業の不手際で不採用になったこともあります。)

…人生が辛い。誰かに殺されたり、病気を感染されたりするよりも“無職”でいることの方が辛いです。私のこの考えを分かってくださる方は居ないと思いますが、これぐらい辛い思いをしていることだけは分かってほしいです。


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