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クリスマスイヴに一人で×××××××を食べた話

 2022年、12月24日。
 私は、生まれて初めて、クリスマスイヴなのに一人ぼっちだった。

 実家にいる母から連絡が来たのは、先週の金曜のことだった。母が例の感染症で陽性になったので、しばらくは実家に帰ってくるなと言うのである。こればっかりは仕方あるまい。それで、本当は23日か24日に県外の実家に帰るはずだった私は、27日に実家に帰る運びになってしまったのだった。

「クリぼっちって言葉あるんだww いや、私はクリスマスは家族と過ごしてるしww 一人じゃないからクリぼっちじゃないしww」とか心のどこかで、揶揄していたクリぼっちなるものを、私は齢20歳で初めて経験することになった。聖なる夜を共にする友人も恋人も生憎いない。

 まあ、こんなふうにいろいろ書いたが、私は24日になるまで自分がクリぼっちになるということを大して気にしていなかった。

 学校はとっくに冬休みになっていたし、夜更かしして漫画を読んだり小説を書いたりのんべんだらりと昼頃まで寝て……という怠惰を絵にかいたような生活をそれなりに楽しんでいた。
 しかし、家に食べるものがなくなったため、24日の夕方に重い腰をあげて食料品の買い出しに行くことにした。私はこのときクリぼっちのさびしさを痛感することになるのである。

 私が住んでいるマンションの近くには、ドラッグストアとスーパーを融合させたような店があり、買い物の際はそこをよく利用している。
 クリスマスイヴの夕方(しかも土曜日)に、ドラッグストアもどきに人が殺到しているわけもなく、店内は閑散としていた。私は静かな場所で落ち着いて買い物をするのが好きである。しめしめ…と思いながら、かごをとって買うべきものをかごの中に放り込んでいった。品ぞろえもそこそこいいし、安いし、たまにやたらと咳き込んでいるじいさんがいる以外は快適である。

 あらかた、買うものをカゴに入れ終わってそろそろ会計をしようかと思ったとき、ふと、シュークリームやらプリンやらが置かれているコーナーが目についた。

 私は足を止めた。
 一応クリスマスイヴなのだし、甘いものの一つでも買って帰って家で食べようかと思った。どうせ私にはチキンもクリスマスケーキも、聖夜を共にするような友人も恋人もいないのだ(二回目)。

 そのスイーツのコーナーには、シュークリームが三種類、生クリームどら焼きだか生クリームたい焼きだか、あとはプリンが五種類くらい並べて置かれていた。どれも100円から200円の間をさまよう程度のつつましい価格である。

 このとき私は、代金引換でiPhoneケース(送り先は実家)を注文していたので、1484円は確実に手元に残しておかないといけない状況だった。現在の手持ちは約3000円(月末だからね…)。
 今から買うのはトイレットペーパー(約300円)、水(2L、約90円)、チンする米(約200円)、納豆(約70円)、鉄分が補給できるドーナツ(約100円×2コ)、冷凍パスタ(カルボナーラ。約200円)である。

 実家に帰るまでにあと2回は洗濯をしないといけないので、コインランドリー代、100円×2回分も残しておかないといけない。

 3000円(手持ちの金額)から約1200円(今から買うもの+洗濯のためのお金)を引くと、約1800円が残り、さらにそこから代引きの1500円を引くと残りは300円になる。つまり、私がケーキ代にさけるお金は300円以内なのであった。

 自分は何てわびしいクリスマスを送っているんだろう。ここまでくると何か、もう100円のシュークリームでいいような気さえしてきた……。

 100円のシュークリームに手を伸ばしかけたが、ふと、昼間にツイッターで見た光景が脳裏をかすめた。

 いつもよりちょっと豪華な食事の写真(ピザとかステーキとか)を投稿するフォロワーさん、お洒落なケーキの写真を投稿するフォロワーさん、大きくて綺麗なクリスマスツリーの写真を投稿するフォロワーさん……。

 私はシュークリームに伸ばしかけた手を引っ込めた。

 フォロワーさんたちは、チキンやらケーキやらを(しかも一人ではなく友達やら家族やら、あるいは、こ、恋人なんかと一緒に……?)食べているのに、私だけ汚い自室でシュークリームを一人で貪るのはちょっと惨めではないか?

 それに、シュークリームはとても美味しいけれど、でもどう頑張ったってクリスマスの主役にはなれないケーキである(「オカンがな、好きなケーキの名前を忘れたっていうねん」、「ほお、どういうケーキなん?」、「オカンが言うにはなそのケーキは、ケーキみたいな形をしていないけど生クリームとカスタードがシューに挟まっていてケーキみたいな味で美味しいって言うねん」、「ほなシュークリームやないか」、「いや俺もシュークリームやと思ってんけどな、オカンが言うにはな、クリスマスの主役と言っても過言ではないケーキやって言うねん」、「ほー、ほなシュークリームと違うかぁ。シュークリームは、どう頑張っても、クリスマスの主役はなれへんケーキやから。苺のショートケーキが飛ぶように売れてるのを指くわえて見てるのがシュークリームやねんから」)。

 脳内でミルク●ーイの漫才パロを繰り広げていると、いっそもうスイーツなんて買わずに帰ってしまおうかと思わなくもなかった。ここまでくると、もうクリスマスなんぞ異教徒のイベントか何かだと割り切って通常通りの生活を送ったほうがまだ幾分かマシなような気がしてきたのだ。
 しかしスイーツのコーナーを後にしようとしたとき、あるものを視界にとらえた私はまた立ち止まった。
 
 ふと目についたのは、「まるごとバナナ」だった。

 しかも、214円だった。

 ぎりぎり300円に収まる。しかもなんか、スポンジと生クリームでケーキっぽい。

 気がつくと、私はまるごとバナナを手に取っていた。

 これこそが最適解だと思った。

 まるごとバナナをいれたカゴを持ってレジに並んだ。
 どこかで咳き込むじいさんの声がきこえる。

 会計は1400円くらいだった。うん、ちょうどいい価格だ。
 お気に入りの店員さんが「袋はどうしますか?」と訊いてきたので「お願いします」と答える。

 店員のおねえさんが「袋代、四円になります」と言って、まるごとバナナや納豆やらを入れたかごにふわっと、レジ袋をかけた。

 そして、私はおつりを受け取って、かごには入れられず、横に置かれていた精算済みのトイレットペーパーをかごに突っ込んでしまった。一つにまとめたほうが持ちやすいと思ったのだ。それで、袋詰めをする台に移動してカゴを置いて、トイレットペーパーをかごから出し、下に敷かれた袋をとったとき、自分がとんでもないことをしたのを悟った。

 袋の下で、まるごとバナナがつぶれていたのである。

 油断したとしか言いようがない。トイレットペーパーをかごに放り込んだ拍子に、袋の下にあったまるごとバナナを潰してしまったのだ。

 ハッとした。だって、いくらなんでもまさか袋の下にそんな……まるごとバナナが潜んでるとは思わないじゃないか……。

 でも、まるごとバナナをトイレットペーパーで潰したのはほかならない私だ。悔いてもしかたがない。

 少ししょんぼりしながら家に帰って、遅めの昼ごはんにベーコンエッグをつくって食べた(午後四時半)。そして、その一時間後くらいに早めの晩御飯のドライカレーを食べた。

 夕飯のドライカレーを食べた後に、もうまるごとバナナを食べようかと思った。本当は明日の25日の夜に食べようかとも思っていたのだが、そういえば「生ものですので早めにお召し上がりください」という記載があったことを思い出したのだ。それに、なんかもう明日まで待ちきれない。今すぐに食べたい。

 私は冷蔵庫からまるごとバナナをとりだし、皿にだして、フォークで食べることにした。こういうのは形から入るのがいいのである。私はケーキを食べるつもりで、まるごとバナナを一口食べた。

「うまぁ……」

 思わずそう口に出していた。舌触りの滑らかな生クリーム。ふわふわのスポンジ。本当に200円のクオリティか?

 それにしても、まるごとバナナなんて食べたのはいつ以来だろう。何か、ちょっと童心に帰った気がする20才。

 しかし、食べ進めているとちょっとした問題が起こった。

 まるごとバナナのバナナの部分を咀嚼していると、時折、喉にウッときそうになるものがある。なんか……、えずきそう。バナナって、こんなに重量感ある果物だったっけ……。
 そこまで考えて気づいた。

 私、別に、そこまでバナナ好きじゃなかった……。

 どちらかといえば、私はバナナはあまり好きではないほうだった。給食で出されてもべつに残すほどではないが、自ら進んで食べるような好物でもない。

 今日はクリスマスイヴで、ツイッターの皆みたいにケーキを食べたくて、でもそんなお金はなくて……だから、ケーキの代わりになるような安価なものが食べたくて、そんなときにまるごとバナナを見つけた。
 このフォルムが、ケーキっぽいから買っちゃったのだ。いや、でもまるごとバナナは別に悪くない。たいしてバナナ好きでもないくせに、まるごとバナナを買って文句をつけてる私が悪い。

 結局、私はスポンジと生クリームの部分を余すことなく美味しく平らげ、バナナは三分の一ほど残してしまった。
 スポンジと生クリームの部分でクリスマスケーキっぽさを味わえたので、概ね満足である。
 でも、来年のクリスマスは普通に苺のショートケーキが食べたい。できれば家族とかと一緒に。

【フリーイラスト】ノーコピーライトガール様。

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