月食の夜。

1人、俺は夜の街を歩く。イヤホンから流れる音楽が俺を主役にしてくれる。気持ちのいい夜だ。さっきスマホからの通知で知ったが、今日は月食らしい。見上げても月は見えない。当たり前だろう、空には一面の雲。曇天だ。片手に提げたビニールが風に押され叫びをあげる。音楽越しに聞こえる雑音は俺の視線を下に落とさせた。煙草2箱と安いビール。夜の街と相まって、わくわくしてくる。子供の頃に想像してた20代とは違えど、幸せならば良いのだ。音楽よりもでかい音でなる通知音。これほど不快なものは無いだろうと思うほど耳障りだった。画面をつけるとさっきまで一緒に飲んでいた友達からLINEが来た。

【今日はありがとなー。4時間近く付き合ってくれて笑】

こんなLINEに俺の主役タイムは邪魔されたのか、と少し怒りを覚えたが飲みは楽しかったので許すことにしよう。終電まで飲んでいた上、べろべろに酔った友達を家に送ったため夜が深くなっていた。

「はぁー、寒いなぁ。」

と、思わず独り言を言うくらい急に夜の寒さと寂しさに襲われた。早く帰らなくては、と早足になる。ザッザッと自分の歩く音だけが暗い道に響く。イヤホンを付け、その少しの恐怖感を消そうとした。ただ、寒く暗い道は音楽を流せど変わらず寂しく不安になりそうな世界だった。

やっと家の光が見える。深夜1時、普段はついていないはずの部屋の明かりがついていた。期待と不安が混ざる。家につき、鍵を開けようとする。が、既に空いている。不安が徐々に強くなり現実味をましていくのを体感しつつ淀んだ空気の廊下を通り、オレンジに染るリビングへと足を向ける。もう、不安は確信へと変わる。酔っていてもこの状況が何を表しているかわかった。リビングへのドアに手をかける。そして、開けると案の定見知らぬ男と彼女が裸で寝ていた。友達と飲んでいた時間との感情の落差が激しくて、予想出来ていても処理に時間がかかった。部屋にただよう甘だるい匂い。時計の音。俺は、絶望して家から出た。さっきまで歩いてきた道を戻ってゆく。スマホを見ると彼女から来た

【今日は月食らしいよ】

の通知。違和感に気づくべきだったと後悔しつつ、さっき送った友達の家へと歩いていった。

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