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いいことばかりじゃないからさーー日本のスタートアップが見た中国・深セン

製造業にとって中国は切っても切れない関係であり、とりわけ深センはスタートアップの文脈では欠かせない都市であることは否定しようがない。
特に今年は「深センすごい・日本終わった」というポルノとコンプレックスが入り混じった記事がメディアを跋扈したことも印象的だった。

しかし成功の裏には失敗があり、光のあるところには影があるというのが世の摂理。とりわけスタートアップはビジネスパートナーの両面を知らないことには、ビジネスの成功率は上がらないだろう。

2018年11月28日に東京・蒲田駅近くのコワーキングスペース「おおたFab」で開催された第1回IoT実用研究会は中国でのビジネス経験豊富なハードウェア・スタートアップから見た深センを当事者自ら講演する内容で、個人的にも断片的だった深センに対する理解を、より具体的なものにできたような気がした。

この日登壇したのはPLEN Robotics(以下、PLEN)のCOO、富田敦彦さん。
富田さんは金融業界から大阪の町工場をルーツに持つPLEN Roboticsにジョインしたビジネスパーソンだ。

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PLENは大阪に拠点を置くロボット・スタートアップ。現在立方体型のロボット「PLEN Cube」を開発していて、富田さんは語学力と交渉力を武器にビジネスパートナーの開拓から部品調達までカバーしている。過去には中国のEMSと合弁会社を設立、のちに解消したという経験もあり、中国の製造業に関しては日本国内にあまたあるスタートアップとは少し異なる角度の知見を持っている。

そんなスタートアップで日々開発の最前線を支える富田さんから見た中国・深センは実際のところ、どんな街だろうか。個人的な勉強も兼ねて、当日の講演内容をベースに補足情報を追加したものをまとめてみた。

生産能力の光と影


深センといえば何と言っても大量生産の街。30年前は何もない漁村だったが、鄧小平時代に経済特区に指定されると中央政府とのつながりを深め、世界の工場として一気に成長する。現在では20代、30代の働き盛りが集まり、人口も2000万人に届く勢いで成長している。

深センのメリットは試作開発だけでなく金型、部品製造、組み立てに至るまで製造業のサプライチェーンが一つの街に集積している点にある。加えて近年ではVCやスタートアップコミュニティなど生産に必要なヒト、モノ、カネが揃う都市とも言われる。

一方で人件費や土地代の高騰から生産・開発機能を深センから外に移す傾向は加速している。

近年、ハイテク企業が生産・研究開発拠点を郊外や、より小さな街に移する動きが増えている。

ドローンメーカーの大疆創新科技(DJI)は東莞市松山湖にグローバル研究開発販売センターを設立。中興通訊(ZTE)は広東省(Guangdong)河源市(Heyuan)に工場を建設した。小米科技(シャオミ、Xiaomi)は武漢市(Wuhan)に第二本部を開設、阿里巴巴集団(アリババ・グループ・ホールディング、Alibaba Group Holding)は西安市(Xian)に西北本部を置いた。AFP通信 http://www.afpbb.com/articles/-/3181514 より引用。

富田さんによれば、大手企業の生産・開発拠点が移転したことで、これまで小ロット生産を受けなかった深センの中小企業が国内外のスタートアップに対して門戸を開くようになったという。PLENでも中国のメーカーに主要部品の量産を委託し、645ドルで販売した。
しかし、発売するタイミングでコピー品が作られ、115ドルで販売されていたという。
その結果、コピー品の修理問い合わせがPLENに押し寄せるというトラブルがあったと苦笑交じりに富田さんは話していた。

量産を工場に委託する際には、必要なパーツ一覧をまとめたBOMリストを渡すことが必須なので、あいまいな契約を結んだ場合やハードウェアだけである程度機能する製品の場合にはコピー品が簡単にできてしまう。

では、部品だけ深センで調達する場合はどうか。
スマートフォンや車載機器でのニーズの高まりで世界的に電子部品が品薄なので、必然的に多くのスタートアップが深センの電子部品マーケットに頼らざるを得なくなる。
しかし欠陥品が多いのが深センの特徴で、PLENもモーターを深センで調達したところ、33個のうち28個が欠陥品だったそうだ。業者にクレームを出したところ、「なら10倍買えばいい」と返されたという。
これは他のスタートアップや深センを知る人からも聞いた話で、あらかじめ欠陥品が一定数あることを見込んでおくことや、欠陥品の含有率が少ない業者を紹介してもらうといった対策を講じるしかない。
他にも旧正月のバカンスが明けても、そのまま帰ってこない人も一定数いるので、旧正月前に合意していたことが有耶無耶になり、話が振り出しに戻るという経験もしたという。

ちなみに富田さんによれば日本の大手メーカー子会社のEMSからも小ロット生産に対応する旨の営業を受ける機会が多いという。コミュニケーションコストや、現在の深センが抱えるリスクを考慮すると、日本での量産が現実的な選択肢の一つになる可能性も十分ありそうだ。

爆買い・独身の日に象徴される消費力と、中国人の収入格差

アリババが仕掛けた11月11日の独身の日セール。一日の流通額を毎年記録更新し2018年は3.5兆円もの取引が成立した。楽天の年間の流通額が3.4兆円なので、その勢いには目を見張るものがある。ただ、もう少しひも解いてみると一人あたりの平均単価は1万円以下と、さほど高くない。

これは一般的な中国人の平均年収がさほど高くないことも関係しているという。

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写真は深センで富田さんが見かけた飲食店の求人広告。ホールマネージャーで基本給が最大3800RMB(約6万2000円)。諸手当などを考慮しても10万円には届かない程度の月収だ。

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日本の不動産会社サイトに掲載されていた物件情報)


それに対して生活費を見ると30平米台の単身者向けのマンションで3600RMB(約5万8000円)、2LDKのマンションで7200RMB(11万7000円)といったように、東京並みの物価水準だ。そのため、何人かでシェアして生活することも珍しくないという。
これは僕自身も実際に聞いたことがあり、たまたま現地で知り合った深センの若者は3DKの物件を4人でシェアしていると言っていた。

生活費が高いので中国版UberのDiDiなど副業で収入を増やす人や、無尽蔵に増え続けるタワーマンションを購入し賃貸に出して収入を得る人も少なくないという。
富田さんによれば「毎月のローンの支払額よりも家賃のほうが高いから、どんどんマンションを買っている」というツワモノがいたそうだが、アメリカがサブプライムローンで盛り上がっていたときのアメリカでも見た状況だと富田さんは釘を刺す。

とはいえ中国人の生活水準は確実に年々良くなっている。富田さんいわく現地の女性の装いに、その国の変化が反映されるそうだ。

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これは深センで毎年開催されている展示会の様子を富田さんが撮影したもの
4年前はほとんど化粧っ気が無かった(というかおそらく素っぴん)のに、年々メイクする女性が増え、2018年に至ってはメガネも流行りの丸めのフレームを取り入れるなど流行にも敏感な女性が増えていることが端的にわかる。

深センのイノベーションにコミットする行政と中央政府


イノベーションのメッカとも言われる深セン。その主役はテンセントやDJI、アリババといった民間企業でありスタートアップであることは言うまでもない。
しかし、過去の歴史を紐解くと政府や行政の存在も決して無視できないと富田さんは語る。

中国各地の有力大学の分校を誘致した深セン虚擬大学園を1999年に設立すると、2007年には深セン大学内にインキュベーション施設を設立、さらには中国でナンバーワンの大学とされる清華大学の院を深センに誘致することに成功している。

2010年に深セン市が発表した孔雀計画と呼ばれる10年計画は先進国でも類を見ない規模だった。日本総研のレポートを引用(https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/rim/pdf/9740.pdf)すると

2011年から5年間に高度人材から成るプロジェクトチームを50以上誘致 し、1,000名以上の高度人材を獲得すること を目指すという内容である。基準を満たした 人材は1人当たり80万元~150万元の助成金が支給され、また、深圳で研究所を設立するチームには上限8,000万元の補助金の給付を 受けることが出来る。2016年7月の報道によると、孔雀計画で誘致されたのは64チーム、1,364名の海外高度人材であった。 深圳では科学技術イノベーションの促進、企業競争力の向上を目指してこのような高度人材の獲得に取り組んでいる。現在では、研究機関、工業系の大学や専門学校などが充実してきており、優秀な人材が毎年輩出されている。

と、その規模の大きさが伺える。更には91年に深セン証券取引所ができると96年には民間VCの設立が可能になり、2016年には海外の投資マネーを受け入れる仕組みが整い、2018年には株式だけでなく債券も発行できるようになるなど、政府からの支援だけでなく海外からの投資も呼び込める状況が整いつつある。

中国が抱える課題と、ビジネスチャンス


と端々に課題感はありつつも絶好調でひた走る中国。富田さんは深センが抱える3つの課題として高齢化社会、若年独身男性、高学歴失業者を挙げた。

まず高齢化社会で言えば一人っ子政策の影響で2030年には日本のような高齢化社会が中国にも来ると言われている。2012年に生産労働人口は減少に転じていて、人海戦術による労働集約型のビジネスは、これ以上スケールしないという課題もある。


加えて1980年代生まれだけを抽出しても女性100人に対し男性が136人と男性が多く、今後10年間で約3400万人の男性が結婚できない可能性があると指摘されている。

さらには2018年の大学新卒者数が過去最高の820万人(日本は約50万人)に到達した一方で就職難にあえぐ学生は年々増加していると言われている。「言われている」と書いているのは、こうした不都合なデータを中国政府は開示しないからだ。

富田さんは自身がこれまで接した中国企業人材の特徴として、オーナー企業が多く昇進が限定的で、雇用流動性の高さからマネジメントクラスの人材が圧倒的に不足していることを挙げていた。例えば、トップダウンで商談が成立しても実際に現場を動かすスタッフのスキルが低く、プロジェクトが予定通り進まないといった問題があったそうだ。
雇用する側からすれば「代わりはいくらでもいる」とばかりに切り捨て、雇用される側も「嫌なことがあれば、もっといいところに行く」ということで転職する――一見、短期的にはお互いの利害が一致しているようにも見えるが、中長期的には会社を支える人材が不足し、役に立たない中年人材が市場にあふれるといった状況も来るかもしれない。ロスジェネ世代としては、少し親近感を湧かなくもないが。

「就職先がない、彼女もできない、親の介護も待っている」と中国の若者の未来は決して明るくないようにも見えるが、これをビジネスチャンスに捉えて日本からビジネスを仕掛けるといった発想も必要だと富田さんは講演を締めくくった。

確かに介護サービスでは日本のノウハウが活かされるだろうし、中国で就職できない優秀な人材を日本企業で雇用するという考え方もできる。また国内で結婚できないのであれば、国際結婚ビジネスやマッチングアプリサービスで進出するという発想もできるだろう(前者は途上国の女性を半ば人買いのようにマッチングするという問題が既に顕在化しているので、決して明るい話ではないが)。

個人的な所感


これまで述べられてきたように中国の成長を牽引しているのは「とりあえずやってみる」精神と、短い期間で成否を問う徹底した行動力にあるように思う。

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シェアサイクルにしろQRコード決済にしろ、ひとまず徹底的にやってみて、利用メリットがあれば爆発的に普及する。一方でどれだけ路上にボロボロの自転車が放置されようが力技で解決するか無視する。弱肉強食・Up or Outとばかりに成長している一方で、今回のイベントの端々でも触れられたように、ほころびも見えてきている。
今後、バブル崩壊やリーマンショックのような落とし穴も待っているかもしれない。でも、そういった不確実な将来について関心を示さず、ひたすら今を突き詰めている中国の突破力は日本人には真似できないものがある。そういう意味でも中国に対する僕の関心は強い。

来年以降、深センがどのように変化していくか引き続き見ていきたい。

(※冒頭と最後の写真は2018年10月に筆者が深センで撮影したもの)

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