涙腺のいたずら

涙もろい人というのは探せばたくさんいるものだが、私がみた中で1番印象的だったのは、中学1年生の頃の学年主任の先生だ。

あのとき私は学年集会にて、プロジェクトXを見ていた。南極越冬隊の回だった。

朧げな記憶ではあるが、越冬隊が南極へと向かった経緯や年月、メンバーなどが紹介されて、中島みゆきが歌う主題歌が流れる。
いよいよここからというところ。

…先生が、もう号泣していた。

まだ何も試練など降りかかっていない。越冬隊の大まかな情報が紹介され、主題歌が流れただけ。

でも先生は、号泣している。嗚咽が漏れるほどに。

「しぇんしぇ…」
驚きのあまり腑抜けた声で話しかけると、先生はうんうん頷きながら腕で涙をぬぐい、静かに部屋を出ていった。

なんだかすごく、イケナイものを見てしまった気分になった。

そしてもうひとつエピソードがある。

それは浪人生として受けた大学の入学試験。
2次試験の英語、長文読解の問題にて、こんな話が出題された。

夫を亡くしたおばあちゃんが、猫を飼い始めた。初めはなかなか懐かずしょんぼりするおばあちゃんだったが、次第に距離が縮まる。

ある日、いつものように猫が外に出ている間、おばあちゃんは逝ってしまった。猫を残して逝くことを心残りに思うおばあちゃんだったが、実は同じ頃、猫もまたぱたりと倒れて逝ってしまっていた。

おばあちゃんはあの世で夫と猫と再会し、幸せに暮らした。

感動的な話であるのは確かだが、あくまで試験中。この話は設問の題材にすぎない。
みんな問題に集中し、鉛筆の音だけが響いていたのに、途中から鼻をすすり、時折小さくしゃくりあげる音が混じり始めた。

私である。
潔く白状するが、私はこの話を読んで泣いた。

言い訳させて欲しいのだが、これは浪人生クラスのみんなのせいだ。

入試を見据えた模試やテストでは英語に限らず、「泣ける話」が出題されることが多々ある。
例えば妻が余命宣告を受けた話。
例えば努力虚しく夢破れた話。

その度に、クラスのみんなは恥ずかしげもなく涙を流しながら、あるいは鼻をすすりながら問題を解くのである。

普通に考えたらおかしいのだが、そんな中でいつの間にか、私も泣くことに抵抗がなくなっていた。

それから当時は世間的に「涙活」なるものが流行っていて、私も浪人のストレスからか、涙活には大いにお世話になっていた。

月〜土は毎朝「あまちゃん」を見て、ユイちゃんの境遇やグレてしまったユイちゃんを支える周りの人たちの優しさにオイオイ泣いてから学校へ。

日曜日には1週間前の「八重の桜」を見て、神保修理の死や白虎隊の運命にヒックヒック涙を流してから自室に篭る。

そんな環境下で私の涙腺は完全にびよんびよんに緩み切っており、最終的に試験本番でやらかしてしまったのである。

もちろん試験中なので大っぴらに泣いたわけではない。まぁ、何度か試験官がそれとなく様子を伺いに来たりはしたが、とりあえず無事問題を解き切った。

大学に入ってから友人が「英語の試験中明らかに泣いてる子がいて引いた」という話をしていたが、他にもそういう子がいたことに期待して、それは私だとは言わなかった。

2021.1.24投稿

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