優しい巨人と絵本作家(prli夢)


  気になる男を見つけた。目立つ容姿だから目に止まったのかもしれない。休日はスケッチがてらネタ探しに行くのが私の日課だ。校了明けだし息抜きも大事だ。似顔絵を描くのも好きだけど気になるモチーフを見つけると夢中になって欲しくなるのが玉に傷かもしれない。


언니オンニ/姉達にも注意されたばかりなのに…
どうして周りが見えなくなってしまうのか。
…はぁ、どうしてだろう?
うーんうーんと唸りながら公園のベンチに座った。


鞄からスケッチブックと道具を取り出し、ページを開きながら
描くべきものを探す。きょろきょろと辺りを見渡すと目に止まったのは――”フードを被った長身の男と猫”


そして、忙しなく言い合ってる若い少年達。
見た目からして柄の悪そうな感じに見えるが、見た目で
判断するのはよくない、と姉から躾られて育った私からすればどうでもいい。


猫と触れあう姿は絵になるなぁ…と胸がほっこりした。

忙しい日々が続いていたから癒やしが溢れて眩しすぎる。
盗撮ならぬ、盗み描きといえばいいのか
後で名刺渡して声をかければいい話だ。


かき、かき…かり、かり…とペン先を走らせる。
今時、アナログも珍しいかもしれない。


……が、私はipadで描くと眼が疲れるし創作意欲を求めるなら
己の目で見て行動するのが私のこだわりである。


「ねえ、何描いてるの…?」
뭐?何?/ムォ?

び、びっくりしたっ…集中していた所為か正面から描いてる絵を覗き込んできた人物に気づけなかった。
描いていた人物がいきなり目の前に現れたら驚くわよね。

「韓国語…?
…ねぇ、この絵ってもしかして、おれ?」

返ってきた言葉にきょとんとした。
彼は私の描いていたスケッチを見るなり、瞳を輝かせた眼で見つめているのだ。ああ、吃驚して急に顔が熱く火照ってしまう。



ファンでさえも私の絵をそんなに注目しないのに!!


近くでみればとても整った顔立ちをしているし、モデルみたいだ。
長身の彼が身に纏ったロングジャケットはよく似合っている。
近くでみると大きいかもしれない。


응.うん。」
「そうなんだ…」


驚きすぎて、心臓の鼓動が두근두근トゥグンドゥグン/ドキドキしている。


普段は日本語で話してるのに、つい韓国語を使ってしまった。
日本にいる時は場に慣れないといけないのに忘れていたみたいだ。
従弟のハジュナ(※燕 夏準)に笑われるわね。



韓国でも有数な財閥「燕家財閥」の血筋であるが、私達の父は
序列からは外れている。争いを好まない中立的な立場にいるのだ。



どうせ女である私には後継者どうのは関係のない話だ。
優秀な姉達がいるので三女である私は自由にさせてもらっている。
私の名前は『燕 水月ヨン スウォル/연 수월
父は韓国人だが、母方は日本人である。

韓国に長く生活をしていたのもあり、日常では
ハングルが出てしまう事らしい。仕事モードからオフモードになったからなのか、その辺はゆるっとしている。


언니オンニ/姉達のように堂々と出来ていればいいが美大出身の私は平凡コースかもしれない。
芸術的感性以外は割と切り離してきたのだから、仕方ないといえば仕方ない。


ふぅ…と息を吹きかけると前髪がふわ~とあがる。
これは、気合いを入れる為だ。



「黙って描いてごめんなさい。
안녕하세요アニョンハセヨ/こんにちは
저는 연수월 예요チョヌン ヨン スウォル イェヨ/私は燕水月です
「…?ごめん、聞き取れなくて…もう一回」

あ、滑った…やってしまった…恥ずかしい。
申し訳なさそうに再び名を訊かれた。
背の高い彼の低いけど優しい声音が余計に恥ずかしい。
焦ると早口になってしまうのも恥ずかしい!!

「ごっ、ごめんなさい…!!今日はオフだから母国語で喋ってて…。
すうぉる…よん、すうぉるっていうの…漢字は、水に月でスウォルよ。
黙って描いてごめんなさい。私、絵本を出版する会社に勤めてるから、気になった人物は描きとめておきたくて。
これ、私の名刺よ。あなたさえよければ、モデルになってくれない?
あ、まだ名前も訊いてなかったわね。教えていただいても?」


私が日本語で喋らないのには理由がある。そう、お喋りでお節介だからだ。



母親譲りのユーモラス豊かな主観からなのか、日本語で喋りだすと
意気揚々と喋ってしまい相手を置いてきぼりにしてしまう。
仕事では陽キャなパリピみが強くでるので
休日は省エネモードが欠かせない。


彼はマシンガンに喋る私をみて、ふっと
柔らかく優しい眼差しで微笑んだ。



ミステリアスな雰囲気とは違う表情に
ドキッとしたが、どうしてドキッとしたのだろう?


と後になって疑問を浮かべる表情になる。


「征木、北斎…」
「…ほくさい?」


優しい巨人と絵本作家の出会いは、ゆっくり
じっくりと育まれていくのかもしれない。




この話は、また次の機会に――。