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t⭐︎w⭐︎s⭐︎t夢主(♣夢主)

●クロイツ・シュピールカルテン

一年前、ツイステッドワンダーランドに現れた女性。『ハートの国のアリス』でトランプ兵の役割を任されていた者である。彼女は<<引っ越し>>で弾かれてしまったハートの国のトランプ兵だった。最初の頃は悔し涙を浮かべた27歳の彼女。かつての恋人、ブラッド=デュプレと離ればなれになったことに深い苦しみを感じただろう。もしかするとクロイツは「余所者」の特性を得たのかもしれない。クロイツの世界で伝わる余所者とは?“世界の者に愛されるべくやって来た者”、“住人に愛されやすい者”と云われている。

余所者といえばアリス=リデルしか存在しない筈なのに。

空間の時空が歪められクロイツ自身がツイステッドワンダーランド余所者という、特異な役割を与えられたのだろうか?微かに思い出す記憶の中に馬のような物体を見たような気がした。

迎えの馬車というらしい。

棺から目覚めると長身な風貌に長いコートを纏った男が立っていた。

「ご機嫌よう、お嬢さん。私の名前はディア・クローリー。理事長より、名をうけ、ナイトレイブンカレッジ、名門魔法士養成学校の学園長を務めています」

仮面で素顔を隠しているのが気になるが、彼の名はディア・クローリー。ナイトレイブンカレッジ、名門魔法士養成学校の学園長と名乗っていた。別の世界から来たクロイツをナイトレイブンカレッジに迎え入れた張本人である。

「ご機嫌よう、学園長。私は、クロイツ・シュピールカルテンといいますわ。ハート城の女王陛下、ビバルディ様にお仕えするトランプ兵よ。どうやら、此処は私の居た次元ではないようだけど、はぁ・・・引っ越しで弾かれたのなら致し方ないわね」

礼儀正しく学園長にお辞儀をするクロイツ。冷静に分析し、やや疲れたような表情で辺りを見渡し溜息をこぼしていた。学園長に<<引っ越し>>の経由とクロイツが違う次元、異世界と呼ばれるワンダーランドから来たのを細かく説明する。ふむふむと頷いているが、信じてもらえたのだろうか。

一通り説明した後に学園長が「まずは、闇の鏡に魂の資質を選定してもらいましょう!!さあ、闇の鏡の前へどうぞ」と鏡?の前に立たされたクロイツ。ぽうっと鏡が光る。緑色の炎、鏡の真ん中に白い「顔」があった。

――汝の名を告げよ。

「クロイツ・シュピールカルテンよ。その声、もしかして、ゴーランド?悪趣味な化粧でも始めたのかしら。私の名前くらい知っているでしょうに」

クロイツは呆れた表情を浮かべながら、ぶつぶつとボヤいていたが闇の鏡は無言の沈黙の後、口を開く。「魔力を感じないが、魂の炎は深く熱いモノを感じる」と一言、言い放った。理由も添えて付け加えてはいたが、闇の鏡は偽りを言わない。少々引っかかるとすれば、闇の鏡は魂の資質を見逃さなかったことだろうか。残念ながらクロイツには魔力がない。闇の鏡はクロイツからは魔力を感じられないと告げる。告げる言葉は真実を表現する。クロイツはハートの女王を護衛する為に教育を受けたトランプ兵だ。幼き頃から、あらゆる教育、教養、訓練を受けた女である。ただ、クロイツは先程から違和感を感じていた。

――あれ?聴こえない?

――時計の音が聴こえない?

本来聴こえないといけない筈の“チクタク····チクタク···”という心臓の音が聴こえない。代わりに“トクン、トクン···”と脈打つ心音が聴こえる。クロイツが元居た世界の住人は心臓の代わりに時計が生命の源である。「音」が消えれば、即ち死を意味する。時計屋、ユリウス=モンレーが“修理”する事で壊れた時計は生命を維持する訳だが、新しい命として生き返る前に何らかの事故が生じたのではないか?クロイツは混乱していた。この世界で生きていかなければならないのだろうか。

学園長、闇の鏡はクロイツ自身の潜在能力を見逃さなかった。クロイツが持つ魂の資質はハートの女王への忠誠心が強く表れていたからだ。魔法は使えずともクロイツには知力と忍耐力があった。イカれた者たちが住まう『ハートの国』の住人にしてハートの城に属するトランプ兵。クロイツから説明を聞いた学園長が先程から、にこにこ笑っている。気味が悪い。トランプ兵であったクロイツには自然とハーツラビュル寮の者を惹き付ける魅惑の香りとやらが備わっているに違いない。謎の確信を持ったディア・クローリーの笑顔が不気味である。

クロイツの片目元にクラブのマークが刻まれているではないか。ハーツラビュルの寮生もそれぞれ、ダイヤ。クラブ。スペード。ハート。ハーツラビュルの生徒は皆、顔にいずれかの「スート」を描くルールがある。入学式後に、寮長からスートが与えられるそうだ。皆、様々な模様が印象的であった。が、あくまで化粧である。クロイツは刺青であり、彫られたものであった。クロイツの刺青を見た学園長は、ジロジロとまじまじとクロイツを見つめる。仮面の奥で金の眼光が瞬いた。どうやら異世界のトランプ兵である事がナイトレイブンカレッジに留まり、職に就く資格を得るらしい。トランプ兵の始祖とでもいうのだろうか。クロイツは薔薇をペンキで塗った、あのクラブのトランプ兵と同じであった。学園長はにこにこ微笑みながら、「私、とっても優しいので」と言い放ち、ボロボロな屋敷にクロイツを案内する。後にオンボロ寮と呼ばれる場所である。学園長、もとい、ディア・クローリーはクロイツに各寮の寮母、ゴースト達の指導するよう役割を与えることにした。

――後に、クロイツは八百人以上通う生徒を見守り、ゴースト達を指導しながら自身も鍛錬に励む日々を送る試練になるとは、知る由もなかった。


鏡の間で闇の鏡を見る度に「メリー・ゴーランド?」と呟いてしまう。声がクロイツの友人に似ているらしい。体力には自信がある。ホワイトかブラックかといわれると学園長の扱いは雑である。クロイツは役職を投げ出せない性分である。幼少期より植え付けられた、従順な部分は今でも根強く健在である。

一旦、おわり。