ショートショート 「女装」

 下手なメイクをして、毛の絡まったウィッグを被り、フリマアプリで買ったセーラー服を着て、鏡の前で一丁前な笑顔でピース。

「…厳しいか」

 50歳になった今年、数十年振りに新しく見つけた趣味が女装だった。きっかけは、SNSで流れて来た1枚の画像。どう見ても、女の子にしか見えない画像だった。正体が30代の男だと知ったとき、空室の新しい扉にノックの音が鳴り響いた。それを歓迎し、今に至る。

 女装を始めるにあたって、最初に驚いたことは、化粧品の値段だった。ゴルフセットを売りに行った後、大きめのディスカウントストアに向かった。どこにも繋がってないスマホを耳にあて

「えーと、下地とファンデーションとコンシーラーと…分かった分かった、取り敢えず全部買ってく。醤油も?分かった。はーい、じゃーねー」

 後で知ったが、この作戦は店員や他の客にバレバレらしい。ついでにロングのウィッグを買ったことで、レジのお姉さんは『確定』と思った事だろう。毛の絡まったウィッグだが、これは中々気に入っている。

 この年で女装を始めるのは遅すぎると思っていたが、探してみると同じ年代で女装をしている人が意外にも多い事が分かった。それまでは、変な背徳感のせいで、家で1人でやるにも躊躇いがあった。しかし、同士が大勢居ると知ってからは女装にのめり込み、家にいる時間は殆ど女装姿で過ごす様になった。が、これには問題があった。

 まずは、急に家に人が訪れたとき。セーラー服を脱いで、部屋着を着て出ていくわけだが、セーラー服が小さいため中々脱げない。

「あれ?北倉さん、まぶたに何かキラキラしたもの付いてますよ」

「えっ!?」


 バイト中に高校生バイトの中島君に指摘された事もあった。自分の中では、メイクで過ごすのが当たり前となっていて、うっかりバイト前にメイクを落とさずに家を出てしまった。

 まぁ、こんな小さな問題はあるが、大勢居る同士のお陰でこれも『普通』の1つの形だと思えるようになった。


〈7月17日22時 ○○駅前のバス停近く集合で!〉


 ネット掲示板で知り合った同士達。いわゆるオフ会というやつだろうか。それをする事になった。自分の住む田舎町にも同士が複数居る事に驚いた。この町も、密かにアップデートしているという事だろうか。

 21時30分。もう1度鏡の前に立つ。

 下手なメイクをして、毛の絡まったウィッグを被り、フリマアプリで買ったセーラー服を着て、鏡の前で一丁前な笑顔でピース。

「ふぅー」

 『楽しい事』の初回プレイは毎回緊張を伴う。おじさん3人でファミレスに行くだけなのに緊張する。

{過度に緊張し過ぎると挙動不審になり、余計に怪しまれます。女性になったつもりで堂々と歩きましょう。}

「過度に緊張し過ぎると挙動不審になり、余計に怪しまれます。女性になったつもりで堂々と歩きましょう」

 いつの日か読んだ女装男子のブログの記事を小さく暗唱する。

「よし!」

 覚悟を決めた様に声を張り上げる。この日のために買った赤と黒のボーダーの財布を手に持ち、この日のために買ったヒールを履いて玄関を出た。『堂々と、堂々と』と心の中で唱えるも、近所の人とばったり出くわさないか怖くなりキョロキョロしてしまう。街灯の光に照らされないよう道路のど真ん中を歩く。暗闇に紛れながら。キャバクラなどで働く綺麗な女性を『夜の蝶』と呼ぶのなら、今の俺は『夜のカメレオン』といったところだろうか。

 ダブルピースをしてカーブミラーに見せた笑顔は、見事に闇に紛れて輪郭だけがうっすらと写った。


※※※※※※※※※


「いやー、ただファミレスに行くだけなのにここまで緊張して、ワクワクするとは」

「えぇ、本当に楽しかったです。また集まりましょうね」

「次回の合言葉を決めておきましょうか。何かいい案有りますかね」

「じゃあ、今回は『初めてはセーラー服』だったので、次回は『2着目はメイド服』なんてどうでしょう?」

「中々面白いじゃないですか。北倉さんの案に決定で!」

「ありがとうございます!」

「しかし、女装でもレディースデイのサービスを受けられるとは。驚きましたね」

「次回もレディースデイのサービスがあるお店行きましょう」

「そうですね」

「「「女性になったつもりで堂々と!!」」」

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