ショートショート 「ペットボトル」

 「キャー!」という夢に出てきた女性の叫び声で目覚める朝。何かに怯えている様な声だった。夢に出てきた女性は、隣に住む女子大生。

「さてと…」

 50代無職童貞にしては珍しく朝は強い。早起きも苦ではない。

「さすがにネタ切れになってきたな…」

  そんなことよりも、今は、テーブルに置いてある500mlのペットボトル、これに何を入れるかが問題だ。今まで色んな物をペットボトルに入れてきたが、その殆んどは食品系。女子大生にプレゼントする物だから、野菜系のスープとかが多かった。料理は苦手だから味に自信はないけど、このバカ舌は「旨い!」って言ってた。

 本当は、直接味の感想を聞きに行きたいところだけど、そんな事をしたら犯人が俺だってばれちゃうしね。それは避けたい。迷惑行為をしてる自覚はあるから。

「コーンスープはやったし…」

 今まで送ったペットボトルは、50本位かな。1回だけ瓶送った事もある。お正月だったからお年玉として5万円入れてあげたよ。女子大生はどんな風に、どんな顔で瓶を割るのかな?

「こんなご時世だし、アルコール消毒液とか良いかな?よし、決定!」

 洗ってないペットボトルに消毒液。こんなので消毒して意味あるのか無いのか。まぁ、緑茶のペットボトルだし大丈夫か。カテキンって殺菌効果あるもんね。汚いのは飲み口だけだ。

「これで良し」

 間違って飲んじゃうと悪いから『アルコール消毒』って書いてあげたよ。

ピンポーン ピンポーン

「ん?」

 7時23分。来客が来るには相応しくない時間。

「おはようございま~す」

 わざわざ叫ばなくても…ってか、可愛い声だな。

「は~い」

ガチャッ

「おはようございま~す。隣の小関です」

「あっ…どうも…」

 相応しくない来客は、隣に住む女子大生だった。久しぶりに声を聞いたから気づかなかった。

「春雨スープ作り過ぎちゃったんで良かったらどうぞ!」

「え?」

 オシャレなバッグから出てきた、ペットボトルに入った春雨スープ。昨日送った物だ。プレゼントした物を送り返すとは!…なんて思ったけど、言える訳ないよね。

「あぁ…ありがとね…」

「私が口をつけたペットボトルですよ!」

「へへッ」

 その言葉には思わずにやついちゃった。渡されたペットボトルは、俺が口をつけた物なんだけどね。

「それじゃあ、失礼します!」

「あ、はい…どうも」

 いよいよ犯人捜しでもしているのだろうか。女子大生が去って行ったのを確認して、いつものようにビニール袋に入れたペットボトルを女子大生の部屋のドアノブに掛けた。春雨スープは捨てた。気味が悪い。可愛い顔して不気味な事をするもんだ。そんな可愛げのない娘には、もうプレゼントあげないぞ!…なんつって。

 夢ではあんなに怯えてたのに。ちょっとくらいは気味悪がって欲しいな。次は策を練らないと…。

「食品系はダメだな…。虫は安直過ぎるし、薬品何て大層なもの持ってないし…」

 



ピンポーン ピンポーン

「んあ?」

 いつの間にか寝ていたようだ。薄暗い部屋に雨音が響いている。

「こんにちはー」

 朝も聞いた可愛い声。1日に2度も聞けるなんてラッキーだ。

「は~い」

ガチャッ…

「え?」

 ドアを開けた瞬間見えたのは、彼女と、スーツを着た男。白くて細い腕がビール瓶を振りかざす。

ゴン…ガシャン

「作り過ぎちゃったのでどうぞ!」

 瓶の中に入っていたらしい何かの紙が、頭と顔を撫でた。

「あ、あ…」

「ちょっと親指借りますね。朱肉は…あ、これで良いですね!…はい、ありがとうございました!これは、橘さんの物ですからね!」

「あ、あ…」

「一週間後、また来るからな。逃げんなよ」

 朦朧とする意識の中、男が差し出した紙に書かれた“2000万円”の文字だけが認識できた。

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