ショートショート 「幽霊は居るでしょうか?」

 いつの間にか立っていた場所は、真っ白な部屋。夢の中だろうか?照明器具が無いのに妙に明るい。俺の他にはパッと見2~30人程の老若男女。当たり前だが、みんな困惑している。

「おい!何だこの部屋!扉が無いぞ!」

「どうせ夢でしょ?その内覚めるよ」

「ママ~!!」

 それぞれ好き勝手に叫んだり、泣いたり、怒ったり。状況を把握しようとするものは居なかった。まぁ、それも当然かもしれないが。ただの真っ白な部屋。壁4面と、天井と床が1面ずつ。それだけ。何一つ凹凸の無い空間。そんな場所に閉じ込められて冷静でいられるはずが無かった。無言で冷静さを保っている様に見せていた俺も、得体の知れない不安に「1人じゃなくて良かった」なんて考えていた。

「ちょっと君、俺の事つねってみて」

「え?あ、はい…」

ぎッ…

「イテテテテ!!!!」

「あ、すみません…」

「大丈夫大丈夫。ただ、えらい事になりそうだね。痛みは感じた」

「…」

「あぁ…!不安になるような事言ってごめんね」

「いえ…」

「もしもさ、2人組になる様な事があれば、一緒にやろう。まぁ、無いとは思うけど」

「その時はお願いします」

 力強く頷いた40代位の男性。年上を味方につけた安心感に気が抜け、その場にしゃがみ込んだ。

「そうだね。いざという時の為に少し楽な姿勢になろうか」

 この人は、デスゲームが始まるとでも思っている様だが、他の人は少し落ち着きを取り戻していた。

「て言うか、みんな寝巻きじゃん。やっぱり夢の中だよ」

「ママ~!!」

「大丈夫、もうすぐママに会えるからね」

「ママどこ?」

「お家でねんねしてるよ。もう少しだけここにいたら、ママに会える。それまでおばちゃんと一緒に居ようか」

「うん!」

「皆様、夢の中へようこそ!」

「ん?」

 どこからか聞こえて来た甲高い男の声。

「始まったようだね…」

「おい!誰だ?悪ふざけは辞めろ!」

「結局夢の中じゃん」

「私から無作為に選ばれた皆様、おはようございます。これから皆様にはクイズに挑戦して頂きます」

「クイズ?」

「えぇ、それも、たった1問」

「じゃあ、さっさとすませよーよ」

「いや、ルールは聞いといた方が…」

「クイズにルールも何もないでしょ」

「何が起こるか分からないんだぞ!」

「簡単な問題にしてくれよ。ははは!」

 安堵するもの、恐怖するもの反応は様々だった。俺は後者。

「元気な皆様、準備は宜しいでしょうか?」

「ちょっといいですか」

「何でしょう?」

「間違えた場合、何かペナルティはあるんですか?」

「もちろんです」

 その言葉に混乱は増した。白い、綺麗な空間に阿鼻叫喚の嵐が起こる。

「おい!いい加減にしろ!まず姿をあらわせ!
ぶっ殺してやる」

「ママ~!!ママ~!!ママ~!!」

「大丈夫!大丈夫だからね!おばちゃんが付いてるから」

「取り敢えず落ち着きましょう!何されるか分かりませんよ」

「これじゃあ、デスゲームと変わらないね…。安心しろ、僕の偏差値は74。クイズには自信があるんだ。僕と同じ様に答えれば大丈夫だ!」

「は、はぁ…」

 漫画の主人公になりきった彼は、俺の肩をポンと叩いた。そして、手をメガホン代わりに仰け反って叫ぶ。

「さぁ、皆いい加減落ち着こうか。クイズをすればいいだけの話だ」

 一瞬の静寂が訪れる。得体の知れない声は、ここぞとばかりに間髪を入れず問題を出した。

「さて問題です。幽霊は居るでしょうか?」

「…は?」

 シリアスな雰囲気が漂っていた室内に、ちょっとだけ笑い声が聞こえた。強張っていた表情も自然と緩む。怪人アンサーの様な無茶苦茶な質問を予想していた。泣きじゃくっていた女の子も呆れた様な笑みをこぼしていた。

「それでは皆様、これより私語厳禁と致します。それから、目を瞑って下さい。カンニング防止の為です。私語、又は目を開けた方は不正解と致します。複数回答も禁止です」

 得体の知れない声は、いたって真面目に進行する。それが滑稽でたまらなかった。ペナルティがあることは、すっかり忘れていた。

「居ると思う方、手を上げて下さい」

 手を上げた瞬間、隣にいた主人公気取りの彼の手と触れあった。彼は左手を上げた様だ。

「居ないと思う方、手を上げて下さい」

 服が擦れる音が多数聞こえた。隣からは、荒い鼻息が。焦っている様だった。無意識に自分の鼻息も荒くなる。俺たちは、荒い鼻息を交互に吐きあった。コンタクトを取る様に、互いの回答を確認する様に。

「ご協力ありがとうございました!それでは目を開けてください」

 まだ私語が解禁されていないことに注意し、ゆっくり目を開ける。思わず息を呑んだ。部屋の中にいたのは、俺と、隣の彼のみだった。彼は、無言で目を見開いてこちらを見ていた。

「不正解だった皆様、幽霊を信じないまま幽霊になった気分はいかがでしょうか?」

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