ショートショート 「“妻”」

「この海来るの何回目だっけ?」

「さぁね…な~んて、私はちゃんと覚えてるわよ。3回目でしょ」

「あれ、それだけ?」

「そうよ。『何回目だっけ?』って聞くほど来てないわよ」

「そうか~。俺も年なのかな、6回位来たことあるような気がしてたんだけど」

「もう、しっかりしてよね」

「ハハハッ、ごめんごめん」

 私は笑いながら隣にいる妻、“翔子”(しょうこ)に目をやる。ちょっと変わった妻。首から下は普通の人間と変わらない。しかし、その上には、翔子の顔が映ったモニターが取り付けられている。

 翔子は1年前に亡くなった。この海で。翔子が泳げないことは知っていたが、浮き輪があるからと安心していた。しかし…。
 悲しみに明け暮れる私の前に現れたのが今隣にいる“翔子”だ。インターフォンがなり、画面に映った“翔子”を見たときは理解が追い付かずパニックになったが、『ただいま』と発した声は間違いなく翔子のものだった。ダッシュで玄関まで行き、着いた頃には“翔子”はすでに家の中に入っていた。そして、もう一度優しい笑顔で『ただいま』と言った“翔子”を私は受け入れた。その日から第2の夫婦生活が始まった。声も、料理の味も、笑いのツボも、寝る時間も、起きる時間も全く一緒だった。唯一違う所は、頭の部分がモニターというところだけ。唯一の違いだが、大きな違い。しかし、私はそんな“翔子”を完全に翔子と認識した。

 第2の夫婦生活は、退屈なほどいつも通りで、刺激のないありふれた日常…になるはずだった。はずだったのに、悪い刺激が私を攻撃してきた。それは、私を夢から現実へ強制送還するには十分だった。その攻撃とは、身内や、同僚からの慰めの言葉。



「お疲れ」

「お、竜気(たつき)。嫁さんのことで色々あるだろうけどまぁ、頑張れよ。今度飲み行こうぜ!」

「…」


「竜気さん、大変だったわね。これから1人で大変でしょうけど、困ったことがあったら何でも言ってね。お隣さん同士なんだから、遠慮はいらないわよ。あとこれ、肉じゃが作ったから良かったら食べて」

「…ありがとうございます」


「部長、この資料なんですが…」

「お、やってくれたか。ありがとう、見とくよ」

「お願いします」

「無理はするなよ。精神的にもつらいときだろうから」

「…はい」



 翔子が死んだことを受け入れたくなくて“翔子”を受け入れた私にとって、慰めの言葉が鋭く突き刺さった。翔子が死んだ事実を無理矢理突きつけられている様で。『ヤメロ』と怒鳴ってやろうと思ったことも何度もあった。



「兄貴、大変だったね。まぁ、何かあったら相談でも何でも乗るからさ、俺たち兄弟なんだから遠慮はいらないよ!」

「おぅ…」

「いつまでもクヨクヨすんなって、翔子さん天国で悲しんでるぞ」

(ヤメロ)


「あ、竜気君。この前は葬儀に参列出来なくて悪かったね。社長としては参列すべきだったんだろうけど、どうしても外せない商談があってね。良かったらこの煎餅貰ってくれ、翔子さんこれ好きだっただろ?」

「ありがとうございます」

「今度、線香あげに行かせてもらうよ」

(ヤメロ)


「竜気君、私の娘は竜気君と出会えて本当に幸せだったよ」

「お義父さん…ありがとう…ございます…」

「翔子に直接聞いた訳ではないがね。でも、生前の翔子を見て…」



「ヤメロ!」



「!?ちょっとどうしたの?大きな声出して」

「え…あ、あぁ…ごめん。何でもないよ…」

「もう…周り見てみなさいよ」

 見なくても分かる。『ヤメロ!』と叫ぶ前から冷ややかな視線をずっと感じていた。特に今は日曜日の午前だ、視線も特別多い。

「あなた、他の人から見たら1人で海に来て叫んでる不審者よ?」

「そうだな…ごめん。ハハハッ…」

「変な笑い方しない、気持ち悪い!」

「うっ…」

 “翔子”の姿は私以外の人には見えないらしい。親が家に来たときも、弟が来たときも、親戚も、同僚も、近所のおじいさん、おばあさんも誰も“翔子”を認識しなかった。まぁ、そっちの方が都合が良いのかもしれない。

「そろそろ帰ろうか」

「そうね」

 バタン カチャッ

 ドアを閉めるタイミングも、シートベルトを締めるタイミングも2人息ピッタリだった。

「安全運転でお願いしま~す」

「はいよ!」



「…ん?」

 目を開けると見たことの部屋にいて、体が痛くて、“ピッ、ピッ”って音がなっていて…何だこれ。さっきまで車の中にいたはずなのに。“翔子”と楽しく話をしながら…あれ?

「しょう…」

「あ!良かった~、目覚めたんですね」

「え、えぇ…」

 ちょうど起き上がったタイミングで、看護師らしき人が入ってきた。

「では一応確認しますね。自分の名前フルネームで言えますか?」

「作谷竜気です」

「生年月日は?」

「昭和54年7月14日、42歳です」

「大丈夫そうですね!まもなく先生来ると思いますので、それまで楽にしてお待ち下さい」

「あの」

「はい?」

「私は救急車で運ばれて来たんですよね?」

「えぇ…」

「もう1人運ばれて来ませんでしたか?女性で、名前は作谷翔子。私の妻です」

「いえ…運ばれて来たのは、竜気さんだけですけど…」

「そうですか…」

「はい…それでは…失礼します」

 看護師は怪訝な顔をして病室を出ていった。それもそうだ。いきなり『もう1人運ばれて来ませんでしたか?』なんて。それに、“翔子”の姿は俺にしか見えない。動揺して忘れていた。

 しばらくして先生が病室に来て色々説明してくれた。車で電信柱にぶつかってここに運ばれて来たこと、レントゲン検査とMRI検査の結果、骨折箇所もなく、脳に損傷もなかったこと、1時間位意識を失っていたこと…。

「どこか痛みを感じるところはあります?」

「何ヵ所かありますけど、でも普通に動かせます」

「では入院の必要は特に無さそうですね」

「はい」

「しかし作谷さん、運が良かったですね」

「え?」

「救急隊の話では、車はぐちゃぐちゃに大破していたらしいですからね」

「そんなにですか?」

「えぇ。それなのに骨折どころか、ひびが入っているところもないなんて、作谷さんには強い守護霊が憑いているんでしょうね。ハハハッ!」

「…」

 守護霊…憑いててもおかしくはないだろうな。

「湿布出しておきますね。あと余計なお世話でしょうが、今後運転するときは十分気をつけて。初心忘れるべからず!守護霊もずっと憑いていてくれるとは限りませんからね」

「はい…すみませんでした」

「お大事に」

「ありがとうございました」



「5920円になります」

「6000円からで」

「はいどうも!80円お返しです。ご乗車ありがとうございました!」

 バタン

 タクシーに乗るのは何年ぶりだろう。乗車中も運転手と話ながら外を眺めて“翔子”を探した。しかし見つけることは出来なかった。いる可能性があるとすれば…

「よし…」

 息を整えながらドアノブに手を伸ばす。いつも通り『ただいま』と言えば、いつもの返事が返ってくるはずだ。

 ガチャガチャ

「あ…」

 扉は開かなかった。翔子は元々用心深い人間だ。家にいる時だっていつも鍵をかけていた。そうだ、そうだった。仕事から帰ってきたときはいつも自分で鍵を開けて、靴を脱ぎながら『ただいま』を言って、そして『お帰りなさい』と返ってくる。これが我が家の日常だ。今日は諸々あったせいか、いつもの流れをうっかり忘れていた。

 ジャラジャラ

 財布の小銭入れの中から鍵を取り出す。お札で会計をすることが多いせいで、小銭が嫌でもたまっていく。大量の小銭の中に鍵が隠れてしまうため、どこに鍵があるか分からなくなる。

 カチャッ

 鍵を開けたらすぐ財布にしまう。玄関に入ったらすぐ鍵をかける。家の中から物音は何もしなかった。

「…ただいま!」

 いつもと比べ物にならない位大きな声で言ってやった。いつもより元気な『お帰りなさい』が聞きたくて。しかし…
 放り投げる様に靴を脱ぎ家へ上がる。ソファーに腰掛け“翔子”が居そうな場所を考えるが見当もつかない。また失ってしまった。もう2度と会えないんじゃないか…そんな考えが脳裏をよぎった。

「クソッ!」

 事故を起こした自分が憎い。何故事故を起こしてしまったのか…居眠りでもしていたか?それともスピードの出しすぎか?いずれにせよ“翔子”が居なくなったのは私のせいだ。この命で償えるなら…

 ピンポーンピンポーン

「!?」

 呼び鈴が鳴り響く。神様がくれたチャンスに思えた。“翔子”に会うチャンスを神様が…

「こんばんは!隣の佐々木です。肉じゃが作ったから食べて頂戴」

 隣のおばちゃんだった。

「…はい、今行きます」

 ガチャ

「佐々木さん、こんばんは」

「こんばんは、これ食べて元気出しな!いつまでもクヨクヨしてちゃ駄目だよ」

「…はい」

「それじゃ、失礼します」

「ありがとうございました」



 バタン カチャッ



 ドアを閉めるタイミングも、シートベルトを締めるタイミングも2人息ピッタリだった。

「安全運転でお願いしま~す」

「はいよ!」

 “翔子”とドライブをすると話が尽きない。もちろん家にいても話はするが、ドライブしながらの会話はいつも以上に楽しい。

「今日の夕飯はなに?」

「今日はね、麻婆豆腐」

「お、いいねぇ」

 こんな会話が楽しくてしょうがない。例えるなら修学旅行の夜のアレだ。いつものメンバーでいつもの話をするだけなのに、何故か妙にテンションが上がるアレ。

「ねぇ」

「なに?」

「どうしてあの時助けてくれなかったの?」

「え…」

「苦しかったなぁ。あ、そう言えばあの時浮き輪に穴開いてたよ」

 “翔子”は助手席からハンドルを握った。

「ちょっ…ど、どうしたの?急に…危ないよ」

「浮き輪に穴を開けたのは誰?」

 “翔子”の口調はいつも通り優しかった。だが、今の状況ではその柔らかい口調が不気味に感じる。

「ねぇ、答えてよ。穴を開けたのは誰?」

「し、知らない!俺じゃない!信じてくれ!」

「ふ~ん、嘘つくんだ?」

「嘘じゃない!本当に知らなかったんだ」

「ちゃんと前見て運転しなきゃ危ないよ」

「じゃ、じゃあこの手もどけてよ…危ないから」

「本当のこと言ってくれたらどけてあげる。誰が穴を開けたの?」

「知らない…多分だけど元々穴は開いてたと思うんだ…俺が気づいていればあんな事にはならなかったよな…本当に申し訳ない」

「また嘘つくんだ。それにあの浮き輪新品だったよね?なのに穴が開いてたの?」

「不良品だったんじゃないかな…」

 “翔子”のハンドルを握る力が一層強くなる。それに反し、モニターに映る顔はいつも通りだ。笑顔は無いが、優しい顔。一見無機質の様に見えるが、実はその正反対。

「ちゃんと前見てってば」

「あ、あぁ…」

 まさかこんな時に思い出すとは思わなかった。初デートの日のことを。
 あの日も私が運転をして海に行った。あの時はたしか鹿児島の海だった。技能試験に5回も落ちた私の運転は自分でも呆れる程ひどくて、隣から小さな悲鳴が何度も聞こえて来た。さらに、会話に夢中になると私の顔は隣を向いてしまう。その度に『ちゃんと前見てよ』とお叱りを受けた。もちろん今は運転にもなれた。久しく助手席からの悲鳴も聞いてない。
 だが、今のこの状況、あの時以上に危ない。助手席から腕を伸ばしハンドルを握る“翔子”…一体何をする気なんだ。

「何であんなことしたの?目的はなぁに?」

 まるで本当に私が犯人かの様な言い方だ。

「し、知らない…本当のこと言ったぞ。だから手…どけてよ」

「ねぇ、“仏の顔も三度まで”っていう言葉知ってる?」

「知って…」

「さよなら」 

 そう言うと“翔子”はハンドルを…



「うあああああ!…ん?」

 目を開けるとそこは見慣れた風景。どうやら寝てしまっていたらしい。時刻は深夜の3時を少し過ぎた頃。

「はぁ~、嫌な夢…」

 あれは一体何だったのか。事故を起こす前に本当にあんな事があったのか。もしそうだとしたら“翔子”は俺を…

「そんな訳ない…よな?」

 そもそも浮き輪に穴なんて開けてないし、翔子が亡くなった時浮き輪はちゃんと海に浮かんでいた。穴が開いていたなんてあり得ないことだ。気分の悪い夢のせいで変な汗をかいた。気持ち悪い。

「目も覚めたな」

 汗でベトベトになったシャツを脱ぎ浴室に向かった。シャワーの温度はいつもより5度高めにした。少しでも温もりが欲しかったのかもしれない。ただ、こんなに熱いシャワーを浴びたことが無かった為か、5分位で頭がボーッとしてきた。軽くのぼせたようだ。

「あ、バスタオル…」

 上がろうとしたタイミングでバスタオルがないことに気づいた。仕方がないので全身びしょ濡れのまま取りに行く。こんな姿どっかの誰かさんに見られたら怒られるだろうな。まぁ、その怒ってくれる人はどこかへ行ってしまった訳だが…

「会社…休んでもいい…よな?」

 誰かに許可を請うように独り言。

「しょうがないもんね」

 足の裏を入念に拭く。足の裏が濡れていると何故こんなに気持ち悪く感じるのか。

「あぁ…」

 後ろを振り向くと、自分がどこを歩いて来たのかはっきり分かる。点々と小さな水たまり。こんな風に“翔子”の足跡も見えれば苦労しないのに…なんてことを考えながら小さな水たまりを拭いていく。水たまりの終着点から始発点まで。拭きながら翔子との思い出を振り返る。翔子が亡くなった日を終着点とすれば、そのすぐ隣が初めて自分から海に行こうと誘った日だ。

「恨まれるのも当然か…」

 あの時海に誘いさえしなければ、翔子は死なずにすんだ。別に海に行きたかった訳ではない。どこでも良かった。山でも、日帰り旅行でも、近くの公園で弁当を食べるだけでも良かった。仕事帰りに寄ったホームセンターで、最初に目に付いたのがたまたま浮き輪だったから海にしただけだ。

「俺が悪かったな」

 気づくといつの間にかちょうど中間地点まで来ていた様だ。翔子との思い出に置き換えれば結婚したあたりだろうか。沢山の人からの祝福を受けた日だ。
 また少しずつ遡っていく。約9ヶ月の式の準備期間。2人でブライダル雑誌を読みあさった。そして、プロポーズをした日。あの日以上に緊張した日はない。結婚報告をしに行った日よりも、就職面接の時よりも緊張した。プロポーズの言葉は覚えていない。翔子は笑いながらOKしてくれた。笑いながら何かを言っていた気がするが、どうしても思い出せない。あの日はとにかく緊張していて、自分でもあの日どこに行って、何をしたのか記憶が曖昧だ。ただ、プロポーズが成功した後のことは良く覚えている。一気に緊張が解けたおかげで膝から一気に崩れ落ちた。『ありがとう』と言いながら嬉し涙で地面を濡らした。翔子は『そんなに地面を濡らしたら人生のスリップ事故を起こすわよ』と。上手くもない例えに2人で笑いあった。
 そして、小さな水たまりの始発点。翔子との思い出に置き換えれば、初対面の日。翔子と初めて会った場所…あの海だ。翔子が死んだあの海…

「行ってみる…か」

 時刻は午前3時35分。リビングの引き出しの中から翔子が使っていた車のキーを取り出した。まだ手離していなかったのが幸いした。これからもこの車を使っていくことになるだろう。すぐに着替えをすませ外に出る。水色の軽自動車。鍵を開け運転席に座ると、何か固い感触と“バキッ”という音。慌てて座席のクッションをめくると、そこにあったのはDVDだった。ケースはバキバキに割れてしまったが、DVDの方は無事だった。何も印刷がされていない真っ白なラベルに、マジックで『見てください』の文字。翔子からのメッセージだと直感で理解し、そのDVDを持ってすぐリビングへ戻った。再生すると映ったのは“翔子”と見覚えのない風景。

「翔子…」

 “翔子”は深呼吸をすると、いつもの優しげな顔で口を開いた。

「竜気さん、急に居なくなってごめんなさい。でもこれ以上一緒にいることは出来ないの」

「え?」

「本当はもっと一緒にいたいのだけれど、でも次の人もいるから」

「次の人…?」

「私の期間はあと少しで終わり。だからこうして映像を残すことにしました」

 “次の人”だの“期間”だの全く理解が追い付かない。

「この映像は、親切な誰かがあなたの元へ届けてくれることでしょう」

 “誰か”…おそらく撮影者のことだろうが、一体誰なのか見当もつかない。そもそも“翔子”は私にしか見えないはずだ。

「時間もないし、話したいことだけ手短に話すね。竜気さんと出会えて本当に良かった。最初はカッコつけててダサいなと思ってたけど。プロポーズのときも『人生というドライブの助手席に座って下さい』なんて、真面目に考えた言葉なんだろうけど笑っちゃった。あの時はごめんなさい」

「翔子…」

 ついさっき振り返った記憶がより鮮明に蘇ってきた。あの恥ずかしいプロポーズの言葉。本当は違う言葉を用意していた。ただ、緊張していたせいで直前にど忘れたしてしまった。それで、その場で考えたのがあの言葉だった。何かに例えてプロポーズするのがカッコいいと思っていた。たしかにあの頃はカッコつけていたかもしれない。

「助手席また空席になっちゃったね。でも空席のままにしてて、また私の番が来るかもしれないから。その時はまた助手席に乗せてね。それまでは、一人人生安全運転でお願いしま~す。事故人生の助手席に座るなんて嫌だからね。あと、他の人助手席に乗せちゃダメだよ~。フフッ。じゃあ、さよなら…」

 “翔子”は深くお辞儀をした。私は静かに涙を流した。言いたいことは山ほどあった。画面ごしの“翔子”に伝えたいことが。ただ、その言葉は全部飲み込んだ。今これをテレビに向かって叫んでも“翔子”の耳には届かない。私の心が荒れるだけだ。そうなってしまっては人生の安全運転が出来なくなってしまう。すぐに事故を起こしてしまう。“翔子”の席は完全な状態で残しておかなければならない。だからこの言葉達は、次に来るかもしれない“翔子”の番まで心に留めておくことにした。その代わり、次に“翔子”の番が来たときはとびきり煩いクラクションで出迎えてやる、そう決めた。
 画面の“翔子”は数十秒お辞儀をしていた。そのお辞儀の間に“翔子”の期間は終了していた様だ。顔を上げた頃には、モニターの顔は“次の人”に変わっていた。真ん丸な目に、ふっくらとしたほっぺの可愛らしい男の子。

「僕ね、ママとパパに会いに行ってくる!」

 カメラに向かってそう言うとどこかへ走り去っていった。

 首の上にモニターをつけた謎の物体が何者かは分からないし、この物体がやっていることが本当に正しいのかも分からない。人によっては、あの物体と別れた後に余計心に傷を負う人もいるかもしれない。ただ、あの男の子の両親が笑顔になることを願って

「いってらっしゃい」

 そう呟いた。

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