ショートショート 「お子様ランチ」

 俺の目の前に置かれているお子様ランチ。40手前の男がボーっとお子様ランチを眺める。小ぶりのオムライス、タコさんウインナー、エビフライ、みかんゼリーにオレンジジュース。別に俺が頼んだ訳ではない。というか、ダンボールで作った家に住む俺だ、そもそも買えない。

 街灯に照らされたそれは、食べようと手を伸ばすか、目が完全に覚めてしまうと消えてしまう。寝ぼけ眼でしか見ることが出来ない。いつもぼやけていて、いつも同じメニューで、いつも美味しそうなお子様ランチ。

「あ、消えちゃった…」

 最初の頃は、意地でも食べてやろうと手を伸ばしていたが、手を伸ばすと消えてしまうという事を学んでからはただただ見つめるだけ。まぁ、食べられないのはしょうがない。だがせめて、オムライスに刺さっている旗。あれを取るくらいはさせて欲しい。

 こういう旗は大概が日本の国旗だろうが、俺が子供の頃両親によく連れていって貰っていたレストランでは、日本以外の国旗も出てきた。それがどこの国の国旗か当てる事が出来たら凄く褒められた。今考えてみれば、韓国だのアメリカだの…幼稚園児でも知っていて当然のような国ばかりだったが。褒められる事に対して価値を見いだしていた年頃。レストランは褒められる為に行っていたと言っても過言ではない。国旗の国名を当てて褒められ、残さずに食べて褒められる。そして、会計の時に残さず食べた事を伝えると、店員にも褒められ、ご褒美にオモチャを1つ貰えた。100円ショップで買える様な安っぽい物だったが、これも“ご褒美”という特別が快感だった。

 幻覚のお子様ランチの隣にオモチャを置くという粋な計らいも出来ない俺の幻覚。

「腹減ったな…」

 お世辞にも綺麗とは言えない音が、腹の奥から鳴り響く。無意識に、ポケットの中にある千円札に手が伸びた。アルミ缶を集めて手に入れた千円札。シワだらけの紙の感触が手に伝わる。再び、腹の奥から汚い音が鳴り響いた。

 この千円札があれば、ファミレスでハンバーグステーキや、カツカレーなどガッツリした物を食べる事が出来る。それは分かっているが、頭と口は完全にお子様ランチになっていた。

 最後の砦として残していた千円札。何度も何度も使おうとして手を伸ばし、その度にシワを増やしていった。いわば勲章。そんなシワを、お札を破らないように丁寧に伸ばす。正座をする身体は、無意識に24時間営業のファミレスの方向を向いていた。

 まだシワが残る千円札。それでも最初よりは遥かにマシだった。若返った千円札は、結局四つ折りでポケットへしまう。

「よし!」

 24時間いつでもお子様ランチが食べられる中心街。思い立ったが吉日という言葉がある。お子様ランチを食べたい気持ちがあれば、いくら午前3時だろうとそれは、お子様ランチを食べる吉日となる。

 いくら田舎だろうと中心街は便利だ。日中は冷暖房の効いた複合ビルで休める。あちこちにゴミ箱が設置されているため、缶集めも容易い。商店街や◯◯通り等と名付けられた道を歩けば、季節に合わせた装飾がなされている。一年中飽きない。不満があるとすれば、たった千円を握りしめて気軽に入れる様な店が少ないこと。複合ビル以外で入る建物といえば、公衆トイレくらいだ。

 ポケットに間違いなく千円札が入っている事を確認して店内に入ると、俺と同じ匂いを感じる中年の店員が出迎えてくれた。敬語を正しく使えていない所や、無愛想な接客態度を見れば、スーツを着る仕事に就けない訳が言葉が無くとも伝わってくる。

 入り口から一番近い席を無言で指差す中年店員。厨房から出てきた学生バイトらしき若い兄ちゃんが、俺が座るよりも先に水をテーブルに置いた。“ドンッ”と置かれコップから飛び散った水が椅子を濡らす。深夜のバイトで疲れているのは分かるが、目に余る接客だった。見た目でホームレスと分かる俺を馬鹿にしているのだろうか。

「決まったら呼んでくださーい」

「あ、お子様ランチで」

「はい!?」

「お子様ランチで」

「あ~、ハイハイ。深夜料金10%加算となりま~す。少々お待ち下さ~い」



 ただでさえ憂鬱な深夜バイト。大学生活と深夜バイトの両立は思ったよりもキツイ。客は少ないが、眠気と学業の疲れで起きているだけでやっとだ。そんな中来た面倒な客。ホームレスの様な身なりをした汚いオヤジ。飲食店にも関わらず悪臭を撒き散らす。覇気のない声でお子様ランチを注文した。

「めんどくさ…」

 お子様ランチは小学生以下限定だが、断るのが面倒で注文を受けてしまった。

「どうします?」

「適当に何かだしとけ」

 新しく作るのも嫌で、さっき帰った客が残したハンバーグをゴミ箱から取り出し皿に移した。

「お待たせしました~」

 ホームレスの足元に置くとすぐさま厨房へ戻った。

「テーブルじゃなく足元に置いてやりましたよ」

「ふん。何かオマケのオモチャ適当に渡しておけば?」

「そうっすね。じゃあ…これ渡して来ますわ」

 冷凍庫から氷を取り出すと再びホームレスの所へ向かった。

「どうぞ~オモチャで…あれ?」

「どうし…あれ?」

 足元のハンバーグを残したままホームレスだけがいなくなっていた。

「怒って帰ったんすかね?」

「お前がオモチャにして遊ぶから~」

「そんなに遊んでないすよ」

 鼻をつく程の悪臭は、残り香すら残っていなかった。

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