ショートショート 「カフェオレ好きな俺と、ブラックコーヒー好きなあいつ」

「お疲れ~」

「おう」

「コーヒー買って来たぞ、ブラックで良かった?」

「俺ブラック飲まねぇよ」

「分かってるよ。ほら、カフェオレ」

「いちいち面倒くさいことして…」


 今見てもらったのは、俺たちのいつもの光景。因みに今喋っているのは『俺ブラック飲まねぇよ』と言っている方。
 名前は、秋野 正人(あきの まさと)

 そして、コーヒーを買って来てくれた友人は、岡場 和人(おかば かずと)

 俺たちは、小中高とずっと一緒の学校に通っていた。まぁ、これ位ならよくある話かもしれないが、俺たちはなんと、高校卒業後同じ会社に就職した。

 何故同じ会社に応募したのかというと、言い出しっぺは和人だった。


「お前どの会社受けるか決まった?」

「まだ悩んでる」

「じゃあ、1社目だけ同じとこ受けない?落ちた方は罰ゲームな!あ、もちろん受ける会社はお前が決めていいぞ」

「2人とも落ちたら?」

「そのときは勿論、2人共罰ゲームだよ」

「2人共受かったら?」

「そんなことある訳ねーだろ」

「だな!」 


 …とまぁ、こんな感じのちょっとしたゲームだった。受ける会社は俺が選んでいい条件だったからその勝負を受けたという訳だ。

 後日、2人に採用通知が届いた。

 普通入社したての頃は、慣れない環境や、知らない人しかいない不安にかられるだろうが、幼なじみが居るというだけでとても心強かった。

 それに、小中高とずっと一緒にいる俺たちは、それだけで注目の的となり、先輩ともすぐ打ち解けることが出来た。全部和人のおかげだ。

 でも、その岡場はもうこの世にいない。昨日天国に旅立ってしまった。

 岡場は、1週間前交通事故にあった。近くにいた人がすぐ救急車を呼んでくれたらしく、そのお陰もあり意識は無いものの、何とか一命を取り留めた。

 しかし、危険な状態に変わりはなくずっと生死をさ迷っていた。入院してからは、毎日病室へ通った。

「ほら、コーヒー買って来たぞ。カフェオレで良かったか?」

「」

「冗談だよ。お前はブラックしか飲まねーもんな」

「」

 ガラガラガラ

「冷蔵庫に入れておくぞ」

「」

 意識の無い岡場に対して、両手にブラックコーヒーとカフェオレを持ち、毎日一人言を語っていた。病室の冷蔵庫には、1日1本ずつブラックコーヒーが増えていく。

 そして、昨日…。

いつも一緒にいた俺たちだが、岡場の旅立ちを見届けることは出来なかった。岡場の母から連絡があり訃報を知った。その日は休日で、俺は買い物の為外出していた。車を持っていない俺は、タクシーを拾って駆けつけた。病室に着いたのは死から40分後だった。

「正人君、わざわざ来てくれてありがとうね。それに、毎日お見舞い来てくれてたんでしょう?冷蔵庫のコーヒー、あれ正人君が持ってきてくれたのよね?」

「はい…」

「ごめんね、うちの息子ったら勝手に天国に旅に行っちゃって」

「旅立ったのに目の前に居るって不思議ですよね…」

「そうね…」

「俺たちいつも一緒にいたんで、死ぬときも一緒なのかなって勝手に思ってたんですけど、まさかこんな早く逝かれるとは…」

「…」

「和人、小学生のとき放課後一緒に遊ぶと、勝手に帰って、知らない間にいなくなったりしてたんで、和人らしいっちゃ和人らしいんですかね…あっ、すみません…」

「ふふっ、いいのよ。本当のことだし」

「和人、迷子にならずに天国に行けますかね?」

「方向音痴だから迷子になっちゃうかもね。でも、大丈夫。ご先祖様がちゃんと道案内してくれるはず。お父さんも天国にいるし安心だよ」

「それなら良かったです」

「あっ!そうだ。正人君、今日家に泊まりに来ない?」

「え?」

「私の家はアパートの3階でしょ。そこまで棺を運ぶの大変なの。だから、葬儀社の安置所に置いてもらうことにしたの。でも、それだと私家に1人になっちゃう。怖くてね…」

「あ…」

 すぐに返事出来なかったのが情けない。

「…ごめんね、今のは全部忘れて。やっぱり動揺してるのかな、変なこと言っちゃったね…はははっ…」

 和人のお母さんの悲しそうな顔を見ていることが出来なかった。きっと、和人もお母さんが悲しむところを見たくないだろう。これ以上悲しませてしまっては、和人に怒られてしまう。

「…泊めさせて頂きます」

「え?本当!」

「はい」

「ありがとうね。もしかしたら和人、正人君と遊ぶために安置所から抜け出して来ちゃうんじゃない?」

「よーし、和人何して遊ぶ?」

「…ふふっ、はしゃぐのはいいけど、近所迷惑にならないようにね」

「はい!」


 約5年ぶりに和人の家に泊まることになった。和人のお母さんの料理は、相変わらずしょっぱかった。シャワーの水圧は弱いし、和人の部屋は散らかっている。何も変わっていなかった。

 唯一変わったことは、和人がいな…いや、今日だけは帰って来てくれると信じよう。居るかも分からない都合のいい神様に祈った。

 ・・・・・しかし、一晩たち朝の7時を過ぎたが、和人が現れることは無かった。

 結局一睡も出来なかった俺は、

「もし寝ていれば、夢に出てきてくれたかもな」

 なんてことを呟きながら、寝巻きとして借りた和人のジャージを眺めていた。これは、ランニングが趣味だった和人に誕生日プレゼントとして渡したものだ。

「まさかこれを最後に着るのが俺になるとはな…」

「正人く~ん、朝ごはん出来たよ~」

「ありがとうございます。着替えたらすぐ行きます」

「は~い。ジャージはベッドの上に適当に置いてていいからね」

「分かりました」

 着替えを終え、言われた通りジャージをベッドの上に置く。洗濯する物なのに何故か丁寧にたたんで置いてしまった。

「部屋貸してくれてありがとうな、和人」

 和人にお礼を言って部屋を出た。

「おはようございます」

「おはよう!トーストと目玉焼きしか無いけど、遠慮せず食べて」

「いただきます」

「飲み物はブラックコーヒーで良かった?」

「え、あ…」

「ブラックは苦手?」

「はい」

「じゃあ、カフェオレは?」

「大好きです!」

「良かった。この家、何故かコーヒーが腐るほどあるからさ。まぁ、買い物いくたび買っちゃう私が悪いんだけどね。はい、カフェオレ」

「ありがとうございます」

「どう、よく眠れた?」

「あ…はい。ぐっすりと」

「良かった。でも、和人は帰って来てくれなかったね。ごめんね、せっかく泊まりに来てくれたのに」

「いえいえ、久しぶりに泊まりに来れて良かったです。良かったら、また泊まらせて下さい」

「いつでもどうぞ」

「次泊まりに来るときは、コーヒー持って来ますね」

「沢山あるわよ~」

「「プッ…あはははは!」」

・・・・・・・・

「今日は、泊まらせてもらってありがとうございました」

「気をつけてね」

「はい、お邪魔しました」

「あ、葬式は身内だけでやるつもりだけど、正人君も参列してくれないかな?正人君がいれば、和人も喜ぶと思うんだけど…」

「もちろん参列させて頂きます」

「良かった、親戚には私の方からちゃんと説明しておくから」

「お願いします」

「それじゃあ、気をつけて」

「失礼します」

 和人の家を後にし、懐かしい道を辿る。

(この道歩くのも久しぶりだな)

 昔はよく通ったこの道の景色が、いつの間にか過去の物になっていた。近くにある公園の錆びだらけの青いベンチでさえ懐かしいと思ってしまった。

 しかし、この懐かしい道は、再びよく通る道になるだろう。

(和人、これから何回も線香あげに行くぞ、泊まりにも行くぞ。しつこくても怒るなよ。)

「あ!」

 思わず声をあげてしまった。“それ”に引き寄せられるように駆け足になる。

「まだあったんだ…」

 “それ”とは、自動販売機のこと。何年も前からこの場所にあった。小学生の頃、サッカーボールをぶつけて遊んでいたら、近所のおじさんから泣くまで怒られたこともあった。商品も当時からほぼ変わっていない…と思う。誰が買うのか分からないマイナーな物ばかり。

「せっかくだし…」

 チャリン

 若干錆び付いた投入口に100円を入れ、カフェオレのボタンを押す。

 ピッ、ガタン

 取り出した後、念のため賞味期限を確認する。

「そういえば、俺たちが始めてコーヒー買ったのもこの自販機だったな」

「そうだ…な?」

「よっ!」

「え?和人!?…お前…何で?」

「そりゃあ、この長い人類の歴史の中、死人が生き返ることが1回や2回あったって不思議じゃねーだろ」

「は?」

「そんなことよりさ、俺もコーヒー飲みたいな~。ま・さ・と君」

「お、おう…」

 チャリン、ピッ、ガタン

「はい、ブラックコーヒー」

「おい~。いつものアレ、やんないのかよ~。折角の再会だってのに~」

「どうせお前と居られる時間も限られてんだろ?だったら余計なことしない方がいいじゃん。話したいこと…」

「ね~お兄ちゃん。何で1人で喋ってるの?」

「え?…あれ…?」

 そこに居たのは、ランドセルを背負った男の子だった。さっきまでいた筈の和人はどこにもいない。

「何で1人なのに、ジュース2本も持ってるの?」

「あ、あ~、何でかな~…はははっ…そ、それじゃあお兄ちゃんは帰ろうかな~。君も早く帰るんだよ」

「うん!バイバイ」

「バイバイ」

(いつものアレやってたら、もう少しあいつと長く居られたのかな…)

 過ぎたことを後悔しながら歩く。

 居る筈のない和人を探しながら歩く。

 冷たい缶コーヒーを2本持って歩く。

 和人のことを考えながら歩く。

 歩く。

 歩く。



「ただいま」

「お帰り」

「うん…」

「昨日はどこに居たの?」

「庭に隠れてた」

「せっかく正人君が泊まりに来てくれたのに」

「…」

「でも、和人も"例外"じゃ無かったね」

「そうだね」

「ひいおじいちゃんが亡くなった後、この家系では死んだ人が24時間だけこの世に戻って来れるようになった。…ひいおじいちゃんは生きてた頃家族とか、友達に『俺には不思議な力がある』って言ってたらしいけど、まさか本当にあったとはね」

「その『不思議な力』を死後に発揮するとは誰も思わなかっただろうね」

「ふふっ、そうね。で、どうするの?あなたの死亡時間から考えると、残り1時間くらいしかないよ」

「うん、俺あいつに会いに行くよ」

「よし!行ってこい!」

「うん。じゃあ、行って…」

「あ~、ちょっと待って、このジャージ着てけば。動きやすい方がいいでしょ」

「あ、誕生日に正人から貰ったやつ…」

「ほら!早く着替えちゃって」

「でも、物に触ったりは出来ないから…」

「あ、そっか…」

「うん…」

「じゃあ、その死装束姿のまま行ってこい!」

「行ってきます!」



 和人のことを考えながら歩く。

 和人のことを考えながら歩く。

 和人のことを考えながら歩く。

「はぁ、はぁ」

 和人のことを考えながら歩く。

 和人のことを考えながら歩く。

 手の冷たさを我慢しながら歩く。

「はぁ、はぁ」

 和人のことを考えながら歩く。

 和人のことを考えながら歩く。

 居る筈のない和人を探…

「はぁ、あっ!お~い、正人!」

「!?…和人?」

「はぁ、はぁ…良かった、間に合って…」

「え…さっき居なくなったのに…」

「ん?」

「え?自販機のところで会ったじゃん…」

「え?」

「い、いや…何でもない。で、何でいるの?」

「え~と、説明しても信じてもらえるか分からないけど…」

「じゃあ説明はいいや。それより復活おめでとう!…って言ってもどうせ“こっち”に居られる時間は限られてんだろ?」

「yes!」

「それにしてもお前も大変だね。幽霊になっても走らされて」

「まぁな」

「喉渇いたろ?何でか知らんけど、俺コーヒー2本持ってるから1本お前にやるよ。カフェオレで良かったか?」

 いつものように軽く投げて渡す。

 ガンッ

「え?」

 缶は和人の手をすり抜け、地面に落ちた。

「ごめん、俺、物に触れなくて」

「あ、そうか…」

 ゆっくりしゃがんで拾った缶は、少し凹んでいた。

「あ~あ、お前本当に幽霊になったんだな」

「悪霊じゃねぇから安心しろ。あっ、一応これだけは言っておかねぇとな。俺ブラックしか飲まねーよ」

「はははっ、分かってるよ」

 プシュ

「ほら、ブラックコーヒーだ!」

 バシャ

「うわっ!」

 ブラックコーヒーを和人に向かってぶちまける。言うまでもないが、和人がコーヒーで濡れることはなかった。

「俺のカフェオレを凹ませた罰だよ」

「やりやがったな、いつか仕返ししてやるから覚悟しておけよ」

「幽霊のそのセリフはおっかねぇよ」

「ははっ」

 別れの時間は刻一刻と迫っていた。2人にとっては、この下らないお遊びが1番有意義な最期の時間の過ごし方だった。

 しかし、楽しいとき程時間は早く過ぎ去っていく。和人の体は少しずつ消えかかっていた。

「あ…おいおいおい、そんな漫画みてぇな消え方すんのかよ。どうせならお前らしく馬鹿みたいな消え方してくれよ」

「お前が思ってる程俺も馬鹿じゃねぇよ」

「そうか?まぁいいや。ん?お前まだ居る?眩しくて全然見えないけど」

「」

「はぁ~、お前はいつも勝手に居なくなるな…まだコーヒー残ってるぞ」

 チャプン チャプン

 まだ半分は残っている。

「捨てるのも勿体ないしな…しょうがねー」

 鼻をつまんで舌先だけブラックコーヒーにつける。

「うわっ、まずっ!」

「プッ…はははははっ!」

「は?お前まだ居たのかよ!」

「かくれんぼだよ、昔よくやったろ?」

「こんなかくれんぼあるか!てか、残りのコーヒー飲んでけ!」

 バシャ

「ごちそうさま!じゃあ、お前が鬼だか…」

 言いきる前に和人の声は聞こえなくなった。

「…かくれんぼの途中で帰るのは反則だぞ」

 プシュ

 空のコーヒー缶を片手に、カフェオレを飲みながら再び家路についた。



「お久しぶりです」

「あ、たかしさん。来てくれたのね」

「勿論ですよ。それにしても本当にびっくりしました。あの和人君が…お悔やみ申し上げます」

「和人の顔見てあげて下さい」

「失礼します」

「遅くなりました、すみません」

「あ、正人君。ありがとうね」

「本当に僕が居てもいいんでしょうか…」

「正人君が居ないと和人悲しんじゃうよ。あ、和人には会えた?」

「え?あっ、はい。和人と最後に会話をするのが僕になってしまってすみません。本当はお母さんも話したいこと…」

「いいのよ、私も和人と話出来たし。じゃあ、和人の顔見てあげて」

「勿論です。でなきゃ僕が鬼のままになっちゃうんで!」

「?」

 棺の前で手を合わせる。和人の顔を見た瞬間涙が込み上げて来た。それをグッとこらえて静かにつぶやいた。

「和人、みっけ」

 和人からブラックコーヒーの匂いがした…ような気がした。

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