ショートショート 「白紙の夢」

 夢を叶え、小学校教師になって5年。初めて6年生の担任を勤めることになった。思春期の子供が相手な訳だから、難しい。思い描いていた『生徒に囲まれる大人気の先生』とは程遠い。勿論、懐いてくれる生徒も居るが。

 今日は、約1ヶ月の夏休みが終わり始業式の日。そして、夏休みの宿題の提出日。案の定、というか伝統行事というか、「忘れました」の合唱祭が我が教室でも行われた。普段は合唱をサボりがちな、不真面目な男子が合唱を頑張る日。俺は俺で、教師という立場上、上辺の説教はするが、内心は「これでこそ小学生だ!」と訳の分からない称賛を合唱隊に贈っている。どうしようもない教師だ。

 ただ、作文だけは全員提出してくれた。

 テーマは「将来の夢」

 全員が提出してくれたということは、皆それぞれ目指す物があるということだろう。教師としては嬉しい限りだ。何故か全員、A4サイズの茶封筒に入れて提出した。まるで皆で示し合わせたかの様に、封筒の真ん中に「作文」とデカデカと書き、左下に名前を書いて。あまり見られたくないのだろう。余りに可愛い思春期らしさに、思わず微笑んでしまう。



「ん?柳先生、何ですかその大量の封筒は?」

「夏休みの作文ですよ。みんな封筒に入れて提出しましてね。作文だけは全員提出してくれたんですよ!」

「へぇ~。まぁ、でもあれですね。小学生の作文上での将来の夢って、今も昔もあまり変わらないですね。うちのクラスの子も、サッカー選手だの、ファッションモデルだのって。目指してもいない癖に。自分も小学生の頃は、友達に合わせてサッカー選手って書いてましたけどね。柳先生のクラスの子は何て書いてました?」

「まだ読んでないです」

「そうですか」

「でも、沙原先生のクラスから夢叶える子出て来るかもしれませんよ」

「作文上の夢を叶える子は出て来ませんよ。絶対に。胸の内に秘めてる夢を叶える子は出て来るかもしれませんけどね」

「そうですかね。ま、家に帰ってゆっくり読ませて貰う事にします」


 沙原先生の「作文上での将来の夢」という言葉に少しドキッとした。自分も小学生の時は、作文に書いた将来の夢と実際の夢は違った。作文には「学校の先生になりたい」と書いていたが、実際の夢は漫画家だった。何となく「漫画家になりたい」と書くのが恥ずかしかった。

 沙原先生は、「作文上の夢を叶える人は居ない」と言っていたが、自分は作文上の夢を叶えた。書いていた時は、別になりたいと思っていたわけでは無い。所詮、作文上の夢でしかなかった。

 何故なったかと聞かれれば、当時の担任の先生のお陰だ。

「先生になるために必要な物は分かるか?」

「教師という仕事のやりがいってな…」

「勉強を教える事だけが先生の仕事じゃないんだ」

「本気なら先生いくらでも応援するからな!
 教師になるまでいつまでも応援するぞ!」

 人によっては、こんな先生を鬱陶しいと思うかもしれないが、自分は嬉しかった。そして、担任の先生に憧れた。


「僕も荒間先生みたいになれるかな?」

「柳なら、俺以上の先生になれるよ!」


 憧れの荒間先生は、俺の夢だけじゃなく他の生徒の夢もサポートしていた。俺も、本気で叶えたい夢がある生徒が居れば全力でサポートしたい。


「ただいま~」

 別に誰かが居るわけではないが、無事に帰ってこられた事への感謝を「ただいま」という言葉に置き換える。クラス28人分の作文をドサッっとテーブルに置くと、一番上に来ていた有賀 俊介の作文を入れた封筒に手をかけた。20時を回っていて腹も空いていたし、風呂にも入りたかったが、それ以上に生徒がどんな夢を持っているのかという興味が上回った。

「…」

 無言のご機嫌顔で封を開ける。漫画だったら、頭の上に「ルンルン♪」と書かれているような。紙と紙が擦れる小気味良い音を鳴らしながら原稿用紙を取り出す。

「ん?」

 瞬間、困惑の表情に変わる。漫画だったら、目が「・・」で描かれるような。

 出てきたのは、何も書かれていない原稿用紙だった。2枚だけ。有賀は、どちらかと言えばヤンチャな性格で、宿題サボりの常習犯。なので「作文もサボったな」位にしか思わなかった。

「そもそも作文は用紙3枚以上って言ったろうが」

 あまりの有賀らしさに微笑みながら突っ込む。

「まぁいいか。次は…茜か」

 茜はクラス1の優等生。授業の復習は勿論、予習もしてくる真面目な生徒だ。折角予習をしてくれているのに、授業が遅れ気味なのが申し訳ない。

「作文は何て書いたのかな」

 しかし、クラス全員が示し会わせたかの様にA4の茶封筒に入れ、同じように封筒の真ん中に「作文」の文字、左下に名前。そして、1発目に見た作文が白紙。この時点で、他の生徒の作文の中身も予測するべきだったのかも知れない。

「え?」

 漫画だったら、〈次回へ続く〉かのような。優等生が提出した白紙の原稿用紙に、見事な疑問の声が出た。

 こうなれば流石に気づく。「まさか…」と。

 食玩に入っているオマケのシールが気になって、我慢出来ずに買った分全て一気に開けてしまう子供のように、封筒を開けては中の作文を確認した。

「え…?これも…これも…皆どうしたんだ…?」

 翔太も武本も、柏崎も千尋も、隆成も蒲田も…。全員同じく白紙なのを確認した。違ったのは、入っていた原稿用紙の枚数だけ。2枚だったり、3枚だったり、4枚だったり、5枚だったり。「そこは統一しないのかよ!」とは心の中でも突っ込めなかった。

 テーブルの上にも下にも紙が散乱した部屋で呆然と立ち尽くす。漫画だったら、見開き1ページ使われる様な哀れなワンルーム。立ち尽くす頭には「学級崩壊」の文字が浮かんでいた。

「いや、宿題は普通に書いてくれてたし…将来の夢って、簡単な様で難しいテーマだもんな…」

 無理矢理に自分を納得させると“ドスッ”とソファーに腰かけた。

「明日みんなに聞いてみるか…」

 誰が何枚原稿用紙を入れていたか把握しておらず、取り敢えず全部まとめて有賀の封筒に入れることにした。

「夢を知られるのって結構恥ずかしかったりするもんな~…」

 納得するまで独り言を呟いていると、いつの間にかそのまま眠りについていた。



「え~、皆さんの担任の柳先生ですが、今日は体調不良でお休みです。なので今日は、1日自習となります。柳先生からの伝言で『授業が遅れ気味だから、復習よりも予習をしていて下さい』との事でした…」

「すみません」

「はい?」

「柳先生が心配なので、放課後お見舞いに行っても良いですか?僕、近所に住んでるので」

「う~ん…迷惑のかからない様にね」

「はい!」

「誰かしら先生が来るとは思いますが、1時間目から居眠りなどしないようにして下さいね」

「「「「「はい!」」」」」

 教頭が教室を出ていくと同時に少しざわつき始める。

「…どうする?皆も先生のお見舞い行く?」

「もちろん!」

「遠くないよね?」

「てか体調不良って本当かな?」

「サボりなんじゃない?」

「教師がサボるかよ!」

「はーい、みんな席について~。1時間目始めますよ~。日直号令!」

「起立…」



「…はい、すみませんでした。体調は回復したので明日は必ず…え、皆が?放課後って言うとそろそろですか…」

 ピンポーン ピンポーン

「あ、チャイムが…」

「先生~」

「ちょうど今来たみたいです。はい、失礼します」

「先生~」

「は~い」

 ガチャっ

「お、お~!こんなに大勢で!?」

「クラス皆で来たよ!」

「先生元気?」

「うん!もう大丈夫。明日は学校行…」

「作文は?」

「え…あ、まぁ…」

「私の夢は何?」

「え…?里谷の夢は…」

「僕の夢は?」

「俺のは?」

「僕は何になれば良いの?」

「私の将来は?」

「んん?皆どうした?」

「僕たちさ、将来の夢が無いんだ」

「あ、あぁ!だから皆作文書かなかったのか。あのさ、将来の夢って変わっても…」

「え?先生まだ作文書いてないの?」

「へ?」

「楽しみにしてたのにな~」

「真面目にやってよ!私の将来は先生に掛かってるんだから!」

「え?ちょっと…どういう」

「先生はさ、私たちの夢をサポートしてくれるんでしょ?」

「ま、まぁ…それは…」

「夢が分からない僕たちはさ、先生に夢を決めて貰いたいんだ!」

「他のクラスの人ばっかり夢があってずるい!早く僕たちの夢を書いてよね」

「「「「先生、宜しくお願いします!」」」」

「あ、あっ…あ」

「先生、作文は1人につき最低3枚は書いてね。大切な僕らの夢なんだから。1、2枚で終わらせたらやり直しだよ」

「それじゃあバイバイ。また明日ね、先生!」




 授業開始を告げる予鈴がなると同時に教室に入る。あの茶封筒を抱えながら。

「先生、夢書いてきた?」

「もちろん!」

 教室は生徒達の歓声で沸き上がった。

「よし、じゃあ皆静かに!今から読み上げていくからな。まず初めは、有賀 俊介!」

「はい!早く僕の夢読んでよ!」

「6年2組 有賀 俊介
僕の夢は、消防士になることです…」

「消防士か~…いいね!ありがとう、先生!」

 笑顔で可愛い生徒達の夢を読み上げる。生徒もそれを笑顔で聞く。漫画だったら、最終話の最後のコマの様に…。

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