ショートショート 「おにぎり」

「じゃあ今日もこの中から選んでね」

「うーん…これとこれ!いってきます!」

「行ってらっしゃい!」


 テーブルに並べられた10個のおにぎり。その中から2つ選び家を出る。お母さんが考えた『朝を楽しくするゲーム』だ。選んだおにぎりが昼飯になるわけだが、1つ1つが大きいため2つで十分。どんな具が入っているか想像するのが楽しい。当たりの場合は、鮭や梅、明太子など。ハズレの場合は、入っているのが食べ物ではない。本棚の裏に隠しているエロ動画をまとめたSDカードが入っていた時もあった。肩たたき券と書かれた紙が入っていて、お母さんが帰って来たら速攻で使おうと思ったが、「有効期限切れです」と言われた事もあった。
 ちなみに、残った8個のおにぎりは、お母さんが朝と昼3個ずつ、おじいちゃんは具を取り除いてお粥にしたものを食べているらしい。

 お母さんがこのゲームを作った切っ掛けは、お父さんが出勤前に眠そうな顔をしていたのを見て、『少しでも楽しい朝を過ごしてもらいたい』と考えたのが始まりだそうだ。お父さんが亡くなって以来、このゲームもしなくなったが、俺が高校に上がり弁当が必要になったため復活した。最近聞いたが、お父さんの頃はハズレは入れて無かったらしい。

キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン…

「はい!授業終わります!」

「あり○!△$¥□◎?#」

 中々揃わない「ありがとうございました」と共に昼休憩を迎える我がクラス。俺のもとに集まる、『今日の具』が気になってしょうがない岳本(たけもと)と沢畑(さわばた)。

「さぁさぁさぁ、守(まもる)殿。早く『禁断の握り飯』をかじりたまえ」

「鬼が出るか蛇が出るか、運命やいかに…!」

「まぁまぁ、焦んなって。それじゃあ頂きま~す」

 具にたどり着くためには、最初に4口ほど頬張らなければならない。ハムスターの様になっている俺を横目に、おにぎりに興味津々の2人。興味無さそうにしている他のクラスメイトの視線もチラチラ感じる。

「ん!」

 米を口いっぱいに頬張っていると、馴染みのある塩気を感じた。

「んふっ!ん!んっ!」

 具の正体に気づくと、岳本と沢畑に突きつける様に見せびらかした。最近は当たりでも、鯖の缶詰や味付のないササミなどが続いたため、久しぶりの大当たりに興奮した。滅多に見せない大袈裟なリアクションは、クラスメイトの視線を集めた。もちろん俺にではなく、おにぎりに向けられたものだが。

「ほほぉ、これはこれは…」

「実に16日振りの大当たり、イクラ!それにこの大粒、上物と見ましたぞ!」

 具の正体が分かったとたん、クラスメイトは再び各々の世界へ戻っていった。たった今、玉子サンドを片手に購買から戻ってきた稲生(いのう)は、たった3人だけのこの小惑星がクラス全体の注目を集めた事など一生知らないままだろう。

「んふふふふ…やったぜ!次も大当たり引けるかな?」

 ほんの少しイクラの塩気を感じつつ、2個目に手を伸ばす。1つ目を食べきらない内に2個目に手を出すのは行儀が悪いだろうが、どうしても具が気になるので毎日こうしてしまう。入学当初は、学校に着いた時点で半分に割って具の確認をしていた。だから、これでもマシになった方だ。

「お、守殿。私奴の弁当には、チーズinハンバーグが入っておりましたぞ!これよりも良いものが入っているか、High or low?」

「…low」

「Highが出るかlowが出るか、運命やいかに…!」

「頂きま~す」

 2つ目を食べ始めると、またチラチラとおにぎりに視線を感じた。やはり皆具が気になるらしい。まぁ、それもそうだ。SDカードやら肩たたき券やらが出てくるおにぎりなんて、魅力的に映って当たり前だ。

「んふ?」

 半分程食べ進めると、不愉快な歯ごたえを感じた。この歯ごたえを『不愉快』と感じるのは、この歯ごたえに良い思い出が無いからだ。

「ん~」

 米に埋もれたクリーム色のメモ用紙を口で引っ張り出す。綺麗に細長く丸めまれたそれを見た瞬間、岳本と沢畑は歓喜の笑みを俺に向けた。

「これはこれは、肩たたき券のパターン」

「たがしかし、前回とはうってかわって『何でも言うことを聞く券』の可能性もなきにしもあらず!」

「ん~」

 「このメモ取ってくれー」と言わんばかりに、口に咥えたままメモ用紙を上下に動かす。自分で見るよりも、先に2人に見てもらって、そのリアクションで何の券か当てようと思った。

「私共が先に見ていいと?」

「ん!」

「それでは失礼して…」

 沢畑は、唾液で少し濡れた面を触らない様にしてメモ用紙を広げた。

「ほほぉ…」

「これはこれは…」

  2人は、何故か気まずそうに目を合わせ苦笑いした。

「妹が出るか弟が出るか…」

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