「遠近法の理解 ~半球を用いた透視図法~」11(完)


【11】 撮影の技術と倫理

効果的演出と詐欺的捏造は紙一重である。例えば釣った魚を大きく見せて撮影するという方法がある。手に持った魚を前方に突き出して撮影すると、大物が釣れたかのように見える写真を得られる。

釣り人の法螺話なら御愛嬌で済ませられるが、同じような方法が報道の分野でも用いられるのは看過できない。例えば小規模の崖崩れを広角で撮影すると、数十cmの石が大岩のように見える写真を得られるので、受け手に大災害のような印象を与える事ができる。報道する側はその種の写真を捏造とは見做さないであろうが、上で述べた魚の写真を嘘と呼べるなら、それも嘘と呼べる。

釣魚と崖崩れの二つの例は、広い画角(広角)を取る事で得られる強い遠近感を利用している。それとは逆に、狭い画角(望遠)を取る事で得られる弱い遠近感を利用している例も挙げられる。例えば江島大橋のポスター(このページ写真を参照)がそうである。その写真を見ると、そびえ立つ壁のような印象を受けるが、それはいわゆる望遠レンズの圧縮効果である。望遠レンズで見ると、つまり狭い画角で見ると、平行投影したように見える。

そのような絵はいわば望遠レンズの中にのみ存在する光景であって、実際に坂の下に立って見ても、そのポスターのような圧倒感は体験できないはずである。ある報告によると、3kmもの距離を取って撮影する事で同じような写真を撮れたという。

そのポスターのような絵は極めて特殊な状況下のみで得られるのであり、普通に見られる光景であるとは到底言えない。観光客を呼ぶために際立つ写真が使われる事はよくあるので、それを詐欺と呼ぶのは言い過ぎであろうが、わざわざその場所を訪れたのに期待外れの感を抱いた人は少なくないであろう。

また望遠レンズを用いた圧縮効果の応用例として、駅や繁華街が通行人で混雑している様子を演出するという方法も知られている(このページこのページを参照)。客観的にはそれほど混雑していなくても、撮影する距離を大きく取る事によっては、極めて混雑しているような写真を撮る事が可能である。そのような写真も虚偽とは言えないが、真実を伝えているとは言えない。

広角にしても望遠にしても、それらの演出効果がどこまで社会的に許容されるかは難しい問題である。写真を撮る側の倫理観はもちろん重要であるが、写真を見る側の判断力もまた重要である。後者が向上すれば、それは前者の向上にもつながるであろう。

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