「遠近法の理解 ~半球を用いた透視図法~」7

【7】 台形歪みの存在と三点透視図法の限界

二点透視図法においては、平面の透視枠を垂直に用いているという事を述べた。三点透視図法においては、平面の透視枠を垂直にではなく、傾けて用いているという前提があると思われる。

高い建物を平面の透視枠に収めようとすれば、実践的な事情からは、透視枠を傾けざるを得ない。平面の透視枠を傾ければ、対象物が高い建物でも、上から下までを視野に収める事ができる(図7-1左)。それによって得られる絵は、上辺が短くなり、下辺が長くなって写るのであるが、その変形は台形歪みと呼ばれている。四角錐を真っ直ぐの方向で切ると断面は長方形になるが、斜めに傾けて切ると断面は台形になる(図7-1右)。

画像1(図7-1左右)

遠近法に議論において、台形歪みに言及される事はあまり無いようなので、それについて補足が必要であろう。例えばプロジェクターとスクリーンの角度がきちんと揃っていないと、投射される像は台形に歪む(図7-2)。図7-1における台形はそれと同じで現象であろう。台形歪みが生じる原因は透視枠が傾いているからである。その事は建物をカメラで撮影する時に確認できる。カメラを垂直にして撮影すれば建物は長方形に写り、カメラを傾かせて撮影すれば建物は台形に写る。

画像2(図7-2)

客観的には長方形の建物であるが、それが透視枠上には台形に変形して写る理由として、視点から遠くの物は小さく写るからだという解釈が取られるかも知れない。しかし透視枠を垂直に設置すれば、台形には写らず、長方形に写るという結果になる。上辺の方が下辺よりも遠くにあるが、両者は同じ大きさで写る。そのような場合には、遠くても近くても同じ大きさに写り、遠くの物は小さく写るという主張は成り立たない。

なお主観的に目にどう見えるかの点と客観的に透視枠にどう写るかの点は別個の議論であり、その二つを混同させるべきではない。対象物が頭の中ではどのように認識されるかいう問題に答えを出すのは困難である。ただし遠くの物は小さく見えるという主張は正しいと言ってもよいであろう(厳密には、正しいかどうかは何を正しいと定義するかの問題であるが)。そのため遠くの物は小さく写るという結果を得られれば、正しい描画法であると見なせる。そのように考えると、正しい方法においては、遠くの物は小さく写るべきであるという理屈になる。

図7-1で得られた台形(図7-3のように記号をふる)について、一つの矛盾を指摘できる。遠くの物は小さく写るべきであるとすれば、上辺ACは下辺DFよりも遠いので、上辺ACの方が小さく写るべきである。図7-3ではそのように写っている。しかし辺BEと辺CFを比べると、辺CFは辺BEよりも遠いので、辺CFの方が小さく写るべきである。しかし図7-3ではそのように写っていない。図7-1においては、遠くの物は小さく写るべきであるという要求が完全には実現されていない。その点において、三点透視図法は欠陥を含む方法であると言える。

画像3(図7-3)

辺CFの方が小さく写るべきであるのに、そのように写らない理由について、それは平面の透視枠における限界に起因すると言える。平面の紙を水平方向に撓める事は可能であるし、また垂直方向に撓める事も可能である。しかしそれを水平と垂直に同時に撓める事はできない。その点は平面の透視枠の制約であると言える。水平と垂直に同時に撓めるとは、つまり、平面を半球に変換するという事に相当するであろう。高い建物に対して半球の透視枠を用いると、図7-4のように写る。図7-4においては、辺ACは辺DFよりも小さく写る事と、辺CFは辺BEよりも小さく写るという事の二つが同時に実現されている。

画像4(図7-4)

ただし半球を用いる方法には、直線の物が曲線に写るという重大な欠陥が含まれている。三次元を二次元に変換しようとすれば、どうしても齟齬が生じるのであり、あちらを立てようとすればこちらが立たないという事になるのであろう。

もう一つの例として、正方形の壁を正面から見て描くとする。一つの描き方が正方形に描くという極普通のやり方である(図7-5)。その絵で特に問題は無いが、それについて批判できない事もない。辺AC・CH・HF・AFは中央の線(辺BG・DE)よりも遠い位置にあるので、小さくなるはずである。しかし正方形の壁を正方形に描いても、それを実現させられない。図7-6のように描けば、より遠い位置にある線はより小さくなるという点においては正確である。ただし直線が曲線に歪曲しているので、その点においては不正確である。

画像5(図7-5)


画像6(図7-6)

客観的には長方形の対象物が図7-4のように変形して写る事については、台形歪みに歪曲収差が加わった結果であるというように解釈できる。垂直の透視枠、傾けた透視枠、半球の透視枠の三つの関係ついて、図7-7のようにまとめられる。

画像7(図7-7)

すでに述べたように、半球を平面に投影するという方法は五点透視図法(つまり湾曲パースや魚眼パース)と同じであろう。五点透視図法は特殊な方法であるという扱いを受けるかも知れない。しかしむしろそれとは逆に、一点透視図法・二点透視図・三点透視図法の方が五点透視図法を特殊化あるいは簡略化した方法であると位置づけるのが適切であろう。

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