「遠近法の理解 ~半球を用いた透視図法~」2

【2】平面の透視枠と半球の透視枠

絵画史において、遠近法がいつどのように用いられたかは難しい問題である。ここではその考証には立ち入らないが、遠近法の実例として、ルネサンスの時期の絵画がよく引き合いに出される。その頃に透視図法についての幾何学的な理論が精緻になったようである。

図2-1はアルブレヒト・デューラーの『測定法教則』という技術書の挿絵である。そこで用いられている器具は透視枠とかデッサンスケールと呼ばれている。右の人物は文字通りに透視して対象物を描いている。そのような手段を用いて描写すれば、主観という曖昧さを排除する事が可能であり、誰が描いても同じような結果を得られるはずである。

画像1(図2-1)

絵を描くという事を抽象的に言い表すと、奥行きや凹凸のある立体的な対象物の輪郭を紙という平面の上に描くという事であり、つまり三次元を二次元に変換するという作業であると言える。それを実現させるための一つの方法が図2-1のような透視枠の利用である。

ただしその方法には短所がある。対象物が大きければ、透視枠からはみ出すという不都合さがある。もちろん大きな透視枠を用意するとか、対象物から離れるなどの解決法はある。しかし広大な風景の絵、つまり画角が180度に近いような絵を描くこうとすると、実践的には困難さが生じる。そのような場合には、平面の透視枠ではなく、半球の透視枠を用いるという方法がある。

ガラスの器のような透明な半球を設置し、その中心点に描く人の視点を固定し、半球を透視して対象物の輪郭を半球の内部の表面上になぞっていくと、機械的に景色を描き写す事ができる。その方法の長所は対象物の大きさに制約が無いという点である。半球なので上下と左右に180度の範囲内のすべての物を視野に収める事ができる。正面にある物はもちろんの事、真上にある物も、真下にある物も、真横にある物も、それらすべて含めて半球の表面上に描き写す事が可能である。

ただしその方法にも短所がある。それによって得られる結果は当然ながら、平面上における線画ではなく、球面上における線画である。平面的な絵を得る事が目的なら、その球面上の線画を紙の上へ変換する必要がある。そのための処理は投影と呼ばれている。

投影について述べる前に、パノラマについて触れる。現在ではパノラマという言葉は全景や展望ぐらいの意味で使われている。しかし元々はある種の見世物の事であった。辞書によると、「遠景を曲面に描き、その前に立体的な模型を配置して、実景を見るかのように都市や戦闘の場面などを表した装置。」(『大辞林』)とか、「半円形に湾曲した背景画などの前に立体的な模型を配し、照明によって広い実景を見ているような感じを与える装置。」(『大辞泉』)とある。ウィキペディアにもパノラマの記事があり写真も掲載されている。

映画もテレビも無い時代には、そのような素朴な見世物でも十分な娯楽になったのであろう。疑似的な世界を視野の全体に提示するという点において、パノラマはプラネタリウムと似ていると言える。絵は平面上に描かれる場合が多いが、必ずしもそれだけが絵の表現形態とは限らず、曲面上や球体上に描くという方法もあり得る。

エッシャーの作品の一つに、球体の表面に周囲の物が反射している様子が描かれている絵がある(ここを参照)。そこに映り込んでいる範囲が角度にして何度なのかを導き出すのは難しいが、それはともかくとして、非常に広い画角が円の中に表現されている。

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