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まるちゃん、またね。


 キーボードにどん兵衛の汁をこぼしてしまったノートPCは、動作不良はあったけれど数ヶ月間、わりと頑張っていた。でも、ついに沈黙してしまい、しばらく趣味の記事を書く気を失くしていた。文章を創るのはもちろん好きではあるけれど、タイピングに慣れてしまうとiPhoneで打ち込むのも面倒。考えてみれば、そもそも誰に何を伝えたいのだろう? もちろん、君に読んで欲しいからだけれど、でもどうして、読んで欲しいのだろう?

 このごろはお仕事の色々な関係で、たくさんの子ども達と接している。子ども達は無防備に笑い突然に絶望し泣き叫び、あるいは、唐突に、愛を伝えてくれる。こんなにも可愛いものだったのかと、今年 初めておどろいている。彼らの声は、桜の吹雪。襲うように私を取り囲み、春の嵐が走り去る。

 TARAKOさんが亡くなって、さくらももこ先生のことも思い出し、とにかく何か、書きたくなって、どん兵衛事件のPCの先代の、XPを段ボール箱から取り出した。東京からの引っ越し前から壊れていたこのXPだけれど、なんとなく連れてきていた。何年も前に電源が入らなくなっていたこのPCに、もう一度、電源を入れてみる。どういうわけか、起動。wifiの機能が失われているけれど、有線ならネット接続できた。動作はとっても遅いけれど、どうにか、今、この文章を書けています。

 数年前、さくらももこさんが亡くなったのを知ったのは、コンビニでバイトしていた早朝だった。
 午前4時、踏切を、少し越えたところのお店に、朝刊をかついで業者の人が来てくれる。朝日・読売・スポニチ・東スポ…様々な新聞の見出しに、さくらももこの訃報が載っている。いつものようにラックに、それらの新聞を並べる作業をするのだけれど、なんだかとっても、寂しかった。
 ちびまるこちゃんは全巻集めていたし、テレビアニメも子どもの頃からずっと観ていた。けれど、作家「さくらももこ」についてあまり考えてみたことは無かった。例えば太宰治や三島由紀夫、寺山修司や宮沢賢治についてはまず“作品”を愛して、その後に彼らの私生活や書簡集にまで興味が出ていたのに、やはり同じように私が“作品”を愛したさくらももこ先生に対しては、何故かそういった好奇心が湧かなかった。

 新聞を並び終えて、レジに立つと、朝のお客さんが矢継ぎ早に朝刊を買っていく。
 さくらももこさんの訃報が新聞の一面に、まるこちゃんのイラストと一緒に載っている。代金を受け取りながらそれを何度も眺めていると少し、泣いてしまいそうな気がしていた。まさか、ほんとうには泣かない。けれど、どうしてこんなに寂しいのだろうと、それが不思議だった。

 誰もが知っている、やなせたかし先生のアンパンマンのアニメのOPの一節。
「愛と勇気だけが友達さ」
 どんな悪人でも、どんな聖人でも、すべてのひとびとがおなじくするもの。
 愛も勇気も、たとえそれがどのような反発を産み出してしまうとしても、このふたつを、みんなが持っている。
 愛と勇気が心の中にある、という点で、誰もが同様にアンパンマンの友達なのだと気づいた日、私はとても救われた。

 私生活なんてあまり知りもしない、さくらももこ先生の逝去が何故あんなに寂しかったのか?
 それはたぶん、まるちゃんが私の友達だったから。
 子どもの頃からの友達だったから。
 さくらももこさんの子どもの頃を描いた、まるこちゃんの暮らしは、たとえ世代は違っても、そのまま私の子ども時代だった。

 まるちゃん、またね。

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