おいとまの酒
「俺はよぉ。親方が何を考えてようがカンケーねーの。結果、ことがいい方に転ぶんならどーでもいいのよ」
閉じられた緞帳の向こう側からいかにも大工だという声がする。
「ケンジ、お前声でけぇよ。静かに飲ませろ!」
どうやら大工はケンジという名前らしい。
舞台の幕が上がる。ケンジは今日の仕事を終え、馴染みの居酒屋で他所から来たらしき男と酒を飲んでいる。
以下ケンジのセリフが続く。
「あの仕事はさ確かにおっかなかったけども仕方ねーじゃん。まさか庭から死体が出てくるなんて誰も思わなかったんだから。大体あそこの家が売れなかったらさ、あの一家は離散だったんだぜ。旦那さんが仕事でヘマしちゃってね。いざ家を売ろうとした時にずっとあった柿の木が邪魔で、泣く泣く動かそうとしたら下からあんなもんが出てきちまったんだから。建て売りであの家を買ったのが40年前。どー考えたってただの被害者じゃねーか。
あぁ、犯人はどうなるって?もう40年以上も経ってるし、どっかで死んでてもおかしくねぇんじゃねーかな。でも人を一人殺してるんだ、生きていたとしたってどうせ生きた心地なんてしちゃぁいねぇよ。
仏さんかい。親方が知り合いの住職に頼んで無縁仏にしてもらったって。昔はよくあったんだってさ。あんなところにずっと居たんだ。もう静かにしてやればいいって。今更、身体刻まれていいことなんかねーだろって言ってたよ。
それであの家かい?それがこんな不景気なご時世にあっという間に売れたんだと。もう70にもなるヨボヨボの爺さんが結構無理して買ったらしい。今も昼夜を問わず働いてるってよ。世の中変わった人間もいるもんだなぁ。あんないわく付きの家を売り手の言い値で買うなんて。おかげであの一家は仕事の借金も返せてさ、どっか親戚のいるところで仲良くやってるってよ。で、あんた仕事何やってるの?」
ケンジの隣で飲んでいる男、ここでケンジに耳打ちをする。
「探偵?探偵さんなんかがこんなところに?そっかぁ、世の中色々あるんだなぁ。俺は馬鹿だから難しいことはわかんねーけど。うん。うん。なんだ、あんた飲んだら随分といい顔で笑うじゃねぇか。そうかい。もう明日帰るんかい。仕事はもう終わったのか。そっか。じゃぁおいとまの酒だな。今夜はとことん飲もう。さぁ、飲んだ飲んだ」
ケンジは飲み急かすように酌をする。舞台には幕がゆっくりと降り始め、探偵は一言も声を発さず終了。
<<了>>