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「自分が知らないことは妻と子どもが知っている」連続起業家にヒントを与えた家族の視点

健康維持に欠かせない体重管理は習慣化が必要であるものの、できない理由は人によって異なります。
 
体重管理を習慣化する「スマートバスマット」を展開するissin株式会社が行った調査によると、男性と女性によって、体重計に習慣的に乗ることができない理由は異なります。
 
性別、人によって異なる課題を、スマートバスマットというひとつのアイテムで解決する。
 
その背景にある「性差の視点」を紐解くべく、照明一体型プロジェクター「popIn Aladdin(ポップイン アラジン)」やニンテンドースイッチで人気の「スイカゲーム」の開発者でもあるissin株式会社代表取締役社長 程涛さんにお話を聞きました。

2008年、東京大学情報理工系研究科創造情報学専攻の修士在学中に、研究成果のpopIn(ポップイン)インタフェースを元に、東大のベンチャー向け投資ファンド「東京大学エッジキャピタル(UTEC)」の支援を受けて、東大発ベンチャー popInを創業。2015年に中国検索大手のBaiduと経営統合、2017年に世界初の照明一体型3in1プロジェクター popIn Aladdin(ポップイン アラジン)を開発し、2021年12月、シリーズ累計販売台数20万台を突破し異例のヒット商品となった。

乗る人によって異なる使い方ができる体重計が生まれるまで

━━2022年11月の正式販売開始から、「スマートバスマット」の最新のユーザー数は30,000人を突破したとお聞きしました。改めて、スマートバスマットの特徴をお教えいただけますか?

スマートバスマットは、家族全員の体重を継続的に、簡単に管理することができる、バスマットと体重計が一体化したアイテムです。
 
このような形になった背景には、「体重計に乗りたくない理由」の男女間での違いがあります。
 
開発時に約1,200名を対象にしたアンケートを行った結果、男性が体重計に乗りたくない理由の1位は「めんどくさい」、女性は「現実逃避」が1位となりました。
 
この調査結果を踏まえ、スマートバスマットは、毎日乗るバスマットと体重計を一体化することで体重計に乗るめんどくささを解消し、結果は知りたい時にだけ見ることができるように、メモリは非表示になっています。
 
また、「マタニティモード」や「ベビーモード」など、現在搭載されている6種の機能は全て初めから想定していた機能です。
 
例えば、私の妻は、第一子妊娠中に上手に体重をコントロールすることができず、妊娠糖尿病で一週間入院することになりました。こうした経験もあり、九州大学が2021年に発表した、約10万人の妊婦健診情報から作成した「妊娠中体重増加曲線」を使用して完成したのが「マタニティモード」です。
 
これまでにも厚生労働省などから、妊娠10ヶ月の出産直前の目安となる体重の数値は示されていたものの、具体的にどの程度の体重増加が望ましいかのかがわかる、妊娠週数ごとの体重増加値はなかったのです。
 
そして、さらに体重管理が難しくなるのが第二子の妊娠です。第二子妊娠中に特化した体重管理ができる新しい設定を、現在、名古屋大学附属病院産婦人科と提携して開発を進めています。

「マタニティモード」の管理画面

 「マタニティモード」の次に使用できるのが、大人に抱っこされた状態で測定できる「ベビーモード」、そして、成長を実感できる「チャイルドモード」では、親は子どもの成長を見守り、記録をつけることができます。

家庭によっては、ペットも大事な家族の一員ですよね。犬や猫を抱っこして体重を測る「抱っこ測定」、ペットだけで体重測定ができる「おすわり測定」も「ペットモード」には搭載しました。
これらの機能は、家族全員の目線に立って搭載したものですが、そもそもスマートバスマットを開発した一番のきっかけは、私が中国の実家の父が痩せていく様子に気づくことができなかったことでした。
 
自分の知らない間に父は病気になっていて、2008年に亡くなりました。
父の変化に気づくことができなかった悔しさと、今も離れて暮らす母に少しでも変化があればすぐに気づいてあげたいという思いから生まれたのが、スマートバスマットの「リモート機能」です。
 
また、人生100年時代と言われますが、ひとりの人間の体重の変化を記録した長年のデータはまだ存在しません。このデータを大量に集めて、将来的には医療機関との提携を視野に現在開発を進めているのが、「持病ケアモード」です。
 
糖尿病など、体重との相関性が明らかになれば、ライフステージごとに適切な体重を示すことができるのではないかと考えています。

不必要なダイエットはなくなる?

━━「持病ケアモード」の他に、様々な人のデータが集まった先にはどのような可能性がありそうですか?

将来要介護状態となる危険性が高い状態「フレイル」予防にも、スマートバスマットを役立てることができるはずです。
 
フレイルの診断基準は、体重減少、筋力低下、疲労感、歩行速度、身体活動・握力の5つ。判断基準の1項目に該当する場合はプレフレイル、3項目以上該当すると、フレイルと判定されます。
 
「体重減少」については、意図せずに年間4.5kg、または5%以上の体重減少があれば該当します。フレイルになると高確率で要介護になると言われているからこそ、体重が減っていたことに後から気づいても遅いのです。
 
このフレイルの基準については、性差の視点が必要な部分だと感じています。きっとデータを蓄積していけば、男女で筋肉の落ち方が違うなど、今は同じ基準で測ることのできていない指標が見つかるかもしれません。

また、性差が顕著な機能として「ダイエットモード」があります。この機能を開発していく中で、男性と女性でダイエットのモチベーションが異なることがわかりました。
 
男性は標準体重を目指すのですが、女性は標準体重であっても「ダイエットモード」に設定する方が多い。
 
人類の歴史をみても、痩せている女性が美しいとされていた時代はなかったのに、現代だけこの傾向がある。理由は明確で、女性は痩せていた方が美しいというバイアスが社会全体にかかっているからですよね。
 
スマートバスマットは体重だけではなく、メッセージを表示させることもできるので、現状の体重からさらに痩せる必要はないということを伝えて、不必要なダイエットをする女性を減らすこともできるかもしれません。

家庭を一番知っている人にしかわからない視点

━━性差だけではなく、家族一人ひとりの違いに目を向けた考え方から、スマートバスマットが生まれたことがわかりました。他にも、程さんおひとりでは気づくことができなかった視点から、何かビジネスに繋がった経験はありますか?

これまで手がけてきたビジネス全て、私ひとりの視点からは生まれてきませんでした。2017年に開発した照明一体型プロジェクター「popIn Aladdin(ポップイン アラジン)」も、妻と子どもの視点なくして開発には至らなかったアイテムです。

元々私には、大きな画面で様々な情報を映し出したいという理想がありました。そこで市販のプロジェクターで満足が行くものがないかと、8個ほど購入して、家のあちこちに設置して試していたら、妻に邪魔だと怒られました。
 
そして、市販のものを使用して気づいたのが、光源の強さです。子どもはその強い光に好奇心をもつのですが、もちろん目には良くない影響を与えます。生活動線を邪魔せず、子どもの目にも優しいものが欲しいと思って完成したのが、popIn Aladdinです。
 
そして、壁一面大きな画面で何を映し出したいか考えた時に、当時4歳だった一番下の子も興味がもてるものがいいと思ったのです。それは何かと考えて生まれたのが、popIn Aladdinに搭載する「スイカゲーム」でした。
 
できるだけたくさんのフルーツを落として、箱いっぱいに詰めていく簡単なゲームを子どもたちも妻も楽しんでくれて、家族みんなでpopIn Aladdinのある空間で楽しい時間を過ごすことができました。

popIn Aladdin(ポップイン アラジン)

自分が何を欲しているのか、それを一番理解しているのはもちろん自分です。
 
それをプロダクト化するときに、どうすれば誰もが使いやすく、使いたくなるものになるかを考えるなら、子どもの視点に立つことが重要です。家庭環境の最適化を考えるのなら、我が家では妻の判断が一番正しい。これは私が起業家として実践してきた考え方です。
 
ちなみに、スマートバスマット開発時にも、市販の体重計を30個ほど買ったのですが、どこに置いても邪魔にならないのがバスマットだと気づいたのも、妻のおかげでした。

プロダクトを進化させるために理解すべき文化の違い

━━家族の視点で注意深く物事を観察することができる程さんにも、バイアスがかかっていたと思うような経験はあるのでしょうか?
私は中国出身で、日本で生活してきたので、異国の文化は自分の知らないことばかりだなと思います。今年海外進出を考えている弊社としても、まずは文化の違いを理解することから始めることになると思います。
 
例えば、スマートバスマットをアメリカで展開しようとなった時にまず課題になるのが、日本とは異なり、成人の肥満率が35%を超えているにも関わらず、多くの人が自身の肥満に気づいていないことです。
※ 米22州で成人の肥満率35%以上、年々増加 CDC統計https://www.cnn.co.jp/usa/35209412.html

どうやって気づくかというと、膝の痛みや腰の痛みからようやく肥満であることを自覚するのです。そして、文化的にはアジア人は細い体型を理想とする傾向がありますが、アメリカはそうではない。
 
そうすると、提供するソリューションも変わってきますよね。日本では体重の変化に気づくために体重計に乗ることの習慣化を促しますが、アメリカではまず運動を習慣化することから促して、「膝に痛みはありませんか?その原因は現在の体重が原因です」とメッセージを出すこともできるかもしれない。
 
その人が行動に移すだけのきっかけになるのが見た目の変化なのか痛みなのか、国によってどう切り口を変えるべきかはこれから検証して行きたいと思っています。
 
私は、プロダクトにも命があると思っています。プロダクトをつくって、そのプロダクトが異なるマーケットに合わせて進化できるのは、開発者の魂が使う人にも伝わるようなもの。
 
自分が欲しいと思っていたものが形になったら家族はどう使うか、海外に展開するなら、その国の人はどう使ってくれるか、自分にはない視点からヒントを得ながら、挑戦を続けていきたいと思っています。


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