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EVEN, if... <序>①

彼と私が出会ったのは、ある晴れた日のことだった。私が彼と出会った時、彼は同時に今後彼を苛むこととなる呪いと出会っていた。

これは、彼の死後私のもとに送られてきた彼の手記と、彼との思い出を基に、彼の生きた証と、彼を苛んだ呪いの正体を書き記した、彼の伝記だ。絢爛で、掴みどころがなく、本性の分からない彼の歩んだ十数年の人生の、そのうちの僅か数年を、ここに書き記そうと思う。
 私が彼と出会ったのは、2018年のとある春の日のことだった。確かよく晴れた一日で、いかにも春らしい日だった記憶がある。
 彼は琥珀色の目をした好青年で、身の振り方や話し方、持ち物や冗談まで洗礼されている、歳に見合わない男だった。まだ十歳程度だというのに、その落ち着き払った立ち振る舞いはまるで大人の様だった。同い年の友人の好みを完全に把握し、状況に合わせた冗談を言い、それでいて小学生特有の馬鹿馬鹿しさというか、間の抜けた雰囲気とは無縁の、不思議な男だった。
 そんな彼がその後の五年で大きく変わり、自滅の一途を辿るとは、私含め彼をよく知る友人はまるで想像がつかなかった。彼は自殺する一年前から行動が荒れていっていた。汚い言葉や暴言を吐き散らすようになり、それまでやってこなかった馬鹿げた真似も平気でするようになってしまった。私が出会った当時の彼の姿は、もうそこにはなかった。
 彼をここまでおかしくさせたのはなんだったのか。
 彼の精神を蝕み、死にまで追いやったのはなんだったのか。 
 それは、彼が思いを寄せた人物が、正確にはその人物を追い求めるが故に彼自身が作り出したその幻影が、彼を苦しめたからだった。
 彼は自身の手記の中で、その存在を、彼女のことをこう書き記していた。〝狂おしいほど愛らしく、そしてひたすら自らの無力さと時間の無情さを見せつける、夢と現実の象徴〟と。
 彼は彼女を愛していた。彼女を求め、求めるが故に気を病み、そしてその苦痛からまた彼女を求めた。
 そこに救いは無かった。許しもなかった。希望も、夢も、何もなかった。何もなかった。
 私も彼女を見かけたことがある。確かに、彼の言う通り美しかった。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花、とでも言おうか。彼女の周りの空気は洗礼されているかのように見え、そして彼同様、掴みどころのない女性だった。彼がよく彼女を形容するときに使った、〝月の女王〟というイメージがよくあう、静かで隙のない立ち振る舞いが遠くからでも窺えた。
 彼は死んだ。彼の作り上げた虚像に首を絞められて。息ができず、もがき苦しみ、どこにもない希望へ手を伸ばして、ついに息絶えた。彼が心に描いた未来も、彼女と共に生きる人生も、何もかも無くなった。
 彼が死んだとき、世界は夢と希望に包まれた。彼を取り巻いていたのは生きることへの渇望でもなく、誰かと共に生きる人生の喜びでもなく、思い描く未来でもなかった。ただ、そこにあったのは残酷無慈悲な現実だけだった。すべてを否定し、希望を無くし、夢を破壊し、生きることも願うことも求めることも許さず、ただひたすらに夢を求め希望を胸に抱く人間を絶望へと導く忌むべき現実が、彼を常に取り巻いていた。彼の死によって現実は消え、再び夢と希望がこの世に現れた。また、夢と希望に浮かれた新たな被害者を、現実が探し出すまで。

 ふと、この文章を書いている時に窓の外を眺めてみた。窓枠の向こうに広がる空は、あの時のようにすっきりと晴れていた。季節は秋だが、気温や雰囲気は似ているため、春と言ってもいいように思える。この先には冬が待っている。今年は雪が降るだろうか。
 彼の死をまるで気にも留めていないのんきな雲が、のうのうと青空を歩いて行った。

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