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EVEN, if... <「彼」の手記Ⅰ>①

―それは2018年、5月14日のことだった。その日は晴れ、空はペンキで塗ったように真っ青だった。そんな空に点々と白い雲が浮かび、のどかな雰囲気だったのを覚えている。まだ5月だということも相まってか風は涼しく、しかし季節は夏へと変わろうとしていたため、太陽の光は温かかった。涼しい風と温かい日の光は、春の一日を彩るには十分だった。そんなときに僕は彼女と出会った。それはほんの偶然から始まったのだ。
 すでに始業式も終わり、新しいクラスになってから一カ月も経っていた。そんな時のことだった。僕は当時仲が良かった女子と、初めて会うクラスメイト(後に彼は私の親友となる)となんてことのない会話をしていた。このクラスの雰囲気やクラスメイト、前のクラスや今の先生について、だらだらと話をしている時に、会話をしていた女子がある女子に声を掛けたのだ。
それが、彼女だった。
 出会った当時、僕は恋やそういう類のことに関しては全くの無知で、初めて見たときの、鼓動が異様に速くなり、緊張状態に陥ったという現象が不思議で不思議でたまらなかった。今思えば、僕はそのとき既に彼女に一目惚れをしていたのだろう。しかし当時そのことに気付けなかった僕は、〝出会うと緊張してしまう不思議な人〟という認識をしていた。やがて時が進むにつれ、だんだんと自覚してゆくのだが。
 それから僕は彼女と積極的に会話した。冗談を言ったり、時には真面目に、時にはふざけて話した。彼女と話す時間は楽しかった。彼女が笑うと、僕は幸せを感じた。他の人間と話すときには感じることのできない、特別な感覚だった。だから、休み時間の終わりを告げるチャイムの音は嫌いだった。会話の邪魔をし、強制的に終わりへ運んでゆくそれは、神様の次に嫌いなものだ。現に、今でもチャイムの音を聞くと嫌な気持ちになる。まだ終わっていのに、と焦ったような気持ちになってしまうのだ。
 もう五年も前のことになるから、会話の詳しい内容までは思い出せない。だが、彼女と過ごした一瞬一瞬がとても楽しかったことや、彼女のことを常日頃考えていたのはよく覚えている。この時はとても楽しかった。もし一日でも過去に戻ることができたのなら、僕はこの時の一日に戻るだろう。たとえそこで何をしても未来が変わることがなくとも。僕はこの時の彼女と話し、束の間の幸福に身を委ねたいのだ。今ではもう感じることのできない、あの時の幸福感や安らぎの中で、もう一度彼女と一日を過ごしてみたい。
 もし、この時に彼女へ告白をしていたらどうなっていただろうか。仲が良かっただけに、案外成功していたのかもしれない。もし成功していたのなら、僕はどうしていただろうか。一緒に外へ遊びに出かけただろうか。二人きりで門限ぎりぎりまで外を散歩していただろうか。夕方の、紅く染まった空の下で「さよなら」といって各々の帰路に着く一日もあったかもしれない。一緒に学校の宿題をしたり、流行っているインターネットゲームをしている姿があったかもしれない。少し遠出して、繁華街にある洋服店で服を選んだりしただろうか。
 だが、その時はまだ告白をせず、付き合っていなくてよかったと今は思っている。もちろん、〝その時は〟だから、五年たった今は告白をして付き合いたい考えでいっぱいなのだが。何故そう思うのか。おそらく僕がその時付き合っていたら、今の燃えるような愛情を抱くことなく毎日を過ごし、静かにその関係の終わりを迎えていたことだろう。今の苦しみがその時の判断によるものだとしても、すぐに終わる恋人関係なんかよりも今のように彼女を求め、苦しむ方が良いと思ったのだ。この五年間で僕は彼女を心の底から愛すようになり、彼女は僕の中で唯一無二の存在になった。良くも悪くも、だが。この苦悩の日々から学んだことは多い。人を愛すことはもちろん、失いたくないという気持ち、一緒に過ごす未来を思い描く幸せ、悩み苦しむ日々、全て僕には必要だったのだ。これらの体験のおかげで、僕は彼女と付き合うことよりも彼女の幸せを望むようになり、同時に彼女と将来一緒に過ごしたいという気持ちを一層強くした。小学五年生当時の僕は、まだまだ未熟だった。彼女と付き合い、彼女の幸せよりも〝自分の〟幸せを、喜びを求め、将来の二人の姿よりも〝一週間後の〟予定を思い描いた。あの時の僕は、きっと彼女を大切にしなかっただろう。自分の満足のいくように使う道具としか思っていなかったに違いない。そんな人間に、彼女と付き合う資格はない。

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