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It MOTHt be reality

 昔々、この星には人間という愚かな生物が蔓延っておりました。今はすっかり姿を消して、モドキが一匹空を飛んでいるだけですが、かつては目が回るほど多くの人間がこの星を我が物顔で占領していたのです。
 では、なぜ彼らは忽然と姿を消してしまったのでしょうか?それは神様の失敗のせいなのです。神様のしてしまった失敗と,人間の愚かさを,順を追ってお話ししましょう。

 時は遡り今から数千年前。とうとう星にとって存在するだけで害をなすまでに数を増やした人間に、神様は大変頭を抱えていました。人間は神様にとってとても必要な遊び道具でしたが、これ以上数を増やされてはせっかくの遊び場が壊れてしまいます。
 神様は三日三晩考え続け,とうとう一部の人間を殺すことにしました。戦争を起こせば勝手に死んでくれるのですが、どうしようもないほどに知識をつけ過ぎた今の人間に戦争をさせてしまえば、あっという間にみんな死んでしまいます。なので神様は,蝶の羽を持ち、金の御髪を腰まで伸ばした、それはそれは美しい人間の姿をしたモノを使者として星に送りました。
 蝶は神様に指示された通りの数の人間を殺し,少しずつ少しずつ余計な人間を削いでいきました。しかしある日,蝶は神様の指示を無視して勝手に人間を殺し,そのまま星のどこかへ隠れてしまいました。

 さぁ困った神様はどうしたものかと悩み,あることを決定しました。

 神様は人間の中から、不幸な人間を一人見つけ出し,人間の周りにいる不幸の源を皆殺しにしました。清潔な衣服と美味しい食べ物,美しい家をその人間に与え,その人間から尊敬される存在になったのです。
 神様はその見返りとして、人間に蝶を抹殺するよう命じました。しかし、蝶はたがが一匹の人間が太刀打ちできるように造っていなかったため、神様は人間に新たな力を授けました。蛾の羽を持ち、黒い髪を腰まで伸ばした人間を、神様は蝶に対して向かわせました。

 一方の蝶はその間に何をしていたのでしょうか。蝶は神様から逃げ出した後,人間に接近し、人間のその愚かさを利用して自らを崇める団体を作り出しました。
 その団体の長として有名になった蝶は、その美しさから団体と関係ない人間からもとても有名になりました。人間たちの間では蝶に殺されることは「救い」や「愛情」として美化され,そのため蝶はどんどん人間を殺して回りました。
 蝶がまだ神様の下にいた頃は悪とされていた殺害が、今ではすっかり善いことです。

 蛾が蝶に挑んだのも,そんな頃でした。黄金に輝く剣を片手に、便利な板を掲げて群がる人間を見下ろす蝶に、蛾が言います。
「これ以上、人を殺すのはやめなさい」
「なぜ?」
 蝶は蛾の方になど目を向けずに,間抜け面を晒す人間を見下ろし続けています。
「あなたは今、神様の命令に背いています。これ以上無駄に命を奪うのなら、私が貴方を殺さなければなりません」
「無駄なものを無駄使いして何が悪いの?」
 蝶はそう言うと急降下をし,適当な人間の首を一つ落としました。人間から汚い歓声が湧き上がります。
「やめなさい!」
 先ほど落とした人間の頭を誇らしげに持つ蝶に、蛾が掴みかかりました。
「やめない」
 それでも蝶は平然とした顔で、近くにいた人間を真っ二つにしてしまいました。
 蛾はついに、蝶を平手打ちしました。パン,と甲高い音が響きます。
「やめなさい!!」
 そのときでした。蛾の頭に,先程まで人間が蝶に向けていた便利な板切れが投げつけられました。強い鈍痛が走り,蛾は思わず頭を押さえました。
『正義の味方気取りか!?気持ち悪いんだよ!!』『我々の蝶様になんてことを!信じられない!!』『うせろ!!薄汚い羽を生やしやがって!!』『なんだその髪!?蝶様に謝れ!!』
 蛾の元にどんどん物が投げつけられ始めます。最初は小さい物ばかりでしたが、どんどん規模は大きくなってゆき,やがて蛾の体の至る所が傷つき始めました。
 これにはたまらず蛾は逃げ出し,そうして蝶は再び人間を殺し始めました。

 蛾は隠れ家で,自分の傷の手当てをしていました。
「神様、私はどうすればいいのでしょうか?」
 神様からの返事はありません。
「神様?」
 実を言うと,神様はこのとき既に蛾のことなどこれ一つ考えておりませんでした。蝶に対抗しうる力も与えたから、あとはどうにかやってくれるだろうと眠り呆けていたのです。
 蛾の周りの人間はみな神様に殺されましたし,蛾の顔は例の便利な板で世界中の人間に知られております。いまから人間の相談相手を作ろうなんて,無理な話でした。

 次の日,再び蝶と蛾は戦いました。しかし、人間たちから猛反撃され,何より腕に"ジュウ"という馬鹿馬鹿しい発明品によって穴を開けられてしまい,そのあまりの激痛に耐えられず,蛾はまた逃げ出してしまいました。
 ヨロヨロと飛び去る蛾の耳に,気持ちの悪いがなり声が突き刺さります。
『いい加減にしろ!二度と蝶様に近寄るな!!』『このバケモノ!薄汚いケダモノめ!!』『正義を気取ってんじゃないよ!気持ち悪い!!』『失礼だと思わないのか!?この無礼者!!』『蝶様に触れるな!!傷つけるな!!』

 腕の穴が塞がり、また空を飛べるようになった蛾は、蝶のもとに急ぎました。というのも、蛾が動けなかった間に蝶が今まで以上の量の人間を殺し始め、人間の数の減りようが凄まじい程になってしまっていたのです。

 その日は海岸に蝶がいました。砂浜の波打ち際に浮く蝶を,今回はなぜか板を持っていない人間が見つめています。
 そこへ蛾がやってきました。蝶は一瞬だけ蛾の方に目をやると、急降下をして下にいた人間の頭を踏み潰しました。そこへ案の定蛾が飛びかかり、蝶の胸ぐらを掴みます。
 そのとき、蛾の肩を人間が乱暴に掴みました。蛾は振り返る隙もなく殴られ,よろめいたところに次から次へと人間が襲いかかってきました。蝶はその場を離れてふわりと浮き上がり,蛾に群がる人間を見下ろして、そのままことの成り行きを見守っていました。
 しばらくして,人間たちのまとまりがゆるまり、少しずつ蛾の姿が見えるようになってゆきました。
 蛾は右手がなくなっていて、髪は乱暴に切られて砂にまみれ、体の至る所に切り傷がつけられており,殴打のアザが目立ち,まさしく虫の息でした。しかしどうやら意識はあるようで、なにかブツブツ呟いております。
 人間を取りまとめている一人の人間が蛾を抱え上げ,そのまま海に投げ捨てました。傷口に塩が染みることがどれほど痛いのかは、ある島国の人間の語る白兎の神話にある通りです。蛾はその激痛に耐えかね,大声で叫びながら水中で身体を捩り悶絶しています。羽をバタバタとしていますが、水に濡れた羽はもはや役に立たず、やがてその動きも弱々しいものになっていきました。立ちあがろうにも左足はあらぬ方向に曲がって言うことを聞かない様子ですので、立とうと努力すれば努力するほど激痛が走ります。
 やがて蛾の動きが目に見えて衰え始めたとき、例の人間が蛾を引き上げました。人間はぐたりとする蛾を丸太にくくりつけ、その羽をもぎ、丸太を地面に立てて海岸に晒しました。
 朦朧とする意識の中、蛾は目の前の広い海と容赦なく照り付ける太陽の熱、そして背後から聞こえる人間の歓声を感じておりました。胡蝶之夢に頭を惑わされた人間に襲われた、海に刺さる蛾は非情な現実を嘆きました。
 蛾はなんとか左腕を縄から引き抜き、隠してあった短剣で喉を切ってしまいました。こうして、蛾は死んだのです。

 蛾という抑制を失った蝶は人間の殺害を続け、神様が気がついた時にはもうすっかり人間がいなくなってしまっておりました。「死」というものが、人間にとって脅威であると思っていた神様は、死を運ぶ蝶に対抗する蛾を、人間は味方するだろうと考えていましたが、どうやらそうではなかったようです。人間は醜より美を、少数より多数を、異端より正常を、熟考より熱狂を至上とするものばかりだったようです。

 あぁ、なんと愚か!やはり人間というものは愚劣な生き物だったようですね。神様には、次はもう少し賢い生き物を造ってもらいたいものです。いくら滅びるべき存在といえど、苦しむ姿を見るのは決して良い気持ちでありませんからね。

 神様のした失敗は、制御の効かないモノを生み出してしまったことでも、長い間放りっぱなしにしたことでもありません。人間の愚かさというものを忘れていた、ただそれだけのことでした。

 ちなみに神様は蛾が殺されている時、暇を潰すために新しい星に生命を芽生えさせておりました。今その星では蛾が恨んだ人間たちと同じくらいの知識を持った生命体がいるようですが、話に聞くとどうやら知性や品性は大して変わらないようですね。
 妙に目立ちたがりで、愚劣で愚鈍、くだらない誇りを鼻から垂らして、耳に触る罵詈雑言を唾と共に飛ばす…。そういった個体のせいで全体の評価が悪くなるという現象が、神様の怒りに触れるというのに。
 しかし神様もまた、詳しく見ずに独断と偏見でしか行動できないようですからね。チシキというものは持つものを馬鹿にしてしまうのがこの世の理のようです。つまり、かく言う私も馬鹿の1人というわけですか。

 チシキのした失敗は、制御の効かない兵器を生み出せるようにしたことでも、長い時間の中で成長し続ける特性が及ぼす災いを考慮しなかったことでもありません。持つものが必ずしも知識に準ずる知性を持ち合わせることがないということを忘れていた、ただそれだけのことでした。

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