塩野七生さんが地中海世界に魅かれた本当の理由
ルネサンス、そして古代ローマと地中海やイタリアを舞台にした多くの作品を発表している塩野七生さんですが、彼女が東京の名門日比谷高校に入学したころは、カントリー・ミュージックが大好きで、アメリカで最も行きたい街はテネシー州ナッシュビル(Home of Country Music=カントリー・ミュージックのふるさと呼ばれている)だったことはあまり知られていません。
そんな彼女がなぜ地中海世界に魅かれだしたのでしょうか。彼女はある著書のなかでこう語っています。
地中海世界は私の人生すべてである。十六歳の年にホメロスを読んで以来四十年近く、いまだにこの世界から足を洗えないでいる。(中略)息子にも伝えてある。私が死んだら葬式も墓もいらない、遺体は灰にして地中海にまいてほしい、と。
彼女は古代ギリシアの詩人ホメロスの作品『イーリアス』を読んで感動して一気に地中海世界に魅かれてしまったのでした。この話は後のエッセイやインタビューにも度々登場する話なので、塩野ファンなら知っててあたりまえなのかも知れませんが。
十六歳の時に図書館でホメロスの「イーリアス」を読んで以来、地中海世界に魅了されました。(Bookbang: 塩野七生 読者との対話)
ところが、この話は実は半分嘘なのです。あの塩野さんに向かって”嘘”だなんて失礼だと気を悪くされないでいただきたい。何しろご本人がそう著作の中で書いているのだから、これほど信頼のおける証人はいないのです。
私が、地中海文明に憧れることになる端緒はホロメスの作品を読んで、というのは半分嘘で、実はホメロスを知ったのは、映画『トロイのヘレン』を觀たためだ。
あの映画を観てすぐ、英訳にしてもホメロスの作品を完読し、あろうことか原文でも読みたいと、高校生の分際で古代ギリシア語に挑戦する気になったほどで、あの映画との「出会い」は私の人生を支配することになるのである。『人びとのかたち・映像の限界』
このエッセイがフォーサイト誌で掲載されたのは1993年頃なのだが、不思議なことにこれ以降、塩野さんから『トロイのヘレン』のことが語られることも綴られることもなかった。「ホメロスの『イーリアス』が端緒で地中海世界に魅かれました。」という話はその後もたびたび登場するにも関わらず。
大人の、いや『塩野さんの事情』ということだろうか?