見出し画像

「金融財政政策雑感」no.32

 デフレの時代は過ぎ去り、インフレの時代が到来したとの主張が確信をもって語られるようになった。平成時代の難渋を極めたデフレと円高の悪循環に思いを馳せると、今日、隔世の感がある。当時、円高がデフレの真因であると円高是正のための為替介入の必要性が声高に訴えられた。詰まりに詰まって2013年初頭、リフレ派の主張する2%のインフレ目標を掲げたアベノミクスの政策が打ち出された。今はその白熱した当時の議論も、新たな装いの下に語られるようになった。だが、2%のインフレ目標が政府・中央銀行の共同目標であったことだけは堅持されている。今では、その2%目標が安定的に持続的に達成される見通しがつくことが政策転換にとって必須条件であると強調される。経済理論的に言えば、インフレ率2%の経済の安定性が達成されることであろう。そのために、政府・中央銀行は物価と名目賃金率の好循環(賃金物価の悪循環もあるわけだから、好循環の定義が必要である)を目標とすることを明確にし、企業側に協力を求める。これは、筆者の目には、企業の労働需要関数のシフトと映る。
 新資本主義を構築するためには、二期にわたるアベノミクスの全面的な検証が必要だと主張されて久しい。何を受け継いで何を修正するのか。明確にせず放置しておけば、(たとえば、高齢者・中高年世代と子育て世代の)世代間の利害対立に繋がりかねない。ともあれ、筆者にとって、日本経済の再生を目指したアベノミクスの政策目標で問題意識を掻き立てられたのは、2015年に数値目標として名目GDP600兆円が掲げられたことである。現政権にも確実に受け継がれている。インフレ目標と実質成長率目標の同時達成を目指したからこそ、希望の社会の実現であると強調された。2023年には591兆円に到達しているのであるから、目標までもう少しということになるが、ほとんど物価上昇によるものである。実質値の寄与度は低い。他方で、ドル建てGDPが世界第4位に転落した国力の低下が嘆かれているのである。この主因は名目為替相場の大幅な減価によるものである。
 労働分配率や実質賃金率の上昇とこの名目GDP目標はどういう関係にあるのか。マクロ経済モデルでは、物価で測られた実質変数で構成されるのが通常である。これに対して、政策目標が名目値である場合、名目変数が決定されるマクロ・モデルの枠組みが必要である。その上で、名目GDPの目標値達成の政策的有効性の分析がなされなければならない。そして、2つのモデルが接合されて統合されなければならない。今回はこのケインズ以来の問題を取り扱う。名目値モデルと実質値モデルのインターフェ-スが何であるかという問題がケインズ以来の問題であったことを、経済学を学んだ人で思い出す人は今では少ないと思う。しかし、この問題は今でもマクロ経済の謎である。

ここから先は

2,975字

¥ 700

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?